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新型コロナウイルスに関する情報

新型コロナウイルス感染症COVID-19における唾液中抗原定量検査による治療反応性評価の可能性

2021年04月01日

投稿 新型コロナウイルス感染症COVID-19における唾液中抗原定量検査による治療反応性評価の可能性

栗山赤十字病院 深江 淳、宮本光毅、佐々木紀幸、渡辺光明、天崎吉晴

【要旨】
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する定型的な診療方法は現時点では確立していない。主に呼吸器症状の臨床的変化を評価し治療調節を行っているのが現状である。当院ではCOVID-19患者に対して治療による自覚症状、他覚所見および、唾液による抗原定量検査を経時的に施行して観察している。経過良好と治療抵抗した症例を比較したところ、抗ウイルス剤投与後の抗原定量の変化と予後が関連することが観察された。抗原定量検査は治療評価が可能であり、適切な抗ウイルス剤の選択や予後の早期把握に有用な可能性が考えられた。
【はじめに】
 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、世界的流行を引き起こしている原因ウイルスである。このウイルス感染症(COVID-19)は多種臓器に炎症を起こすことが判明しているが、特に肺炎は致死的経過を呈する重篤例になることがある。COVID-19においては、現時点で診断、治療を含め、確立された診療方法はなく、しかしながら実臨床現場ではさまざまな知見、経験を結合しながら治療を進めている状況にある。当院では2021年3月までに本疾患14症例の入院治療患者を経験した。本報告においては、経過良好であった3症例と、治療に抵抗した3症例において経過を提示し、唾液中抗原定量の治療反応評価としての可能性を論じる。
【検査と治療】
 抗原定量検査および、胸部High-resolution computed Tomography(HRCT)画像検査は経時的に施行した。抗原定量検査は唾液を検体とし、ルミパルス®G600Ⅱ(富士レビオ,東京,日本)を使用した(陰性0.66pg/mL以下、グレーゾーン0.67-3.99、陽性4.00pg/mL以上)。治療について、ファビピラビル、レムデシビルは標準量投与を行っている。デキサメタゾン投与量は図内に示した。ファビピラビル、レムデシビル投与、および学術、論文発表について、当院倫理審査委員会の承認を得て、患者より紙面同意を得た。
【症例】
 経過良好であった代表的なCase1,2,3と、治療抵抗性を示したCase4,5,6を示す。各症例経過を、唾液中抗原定量を主体に図1-A,B,C,D,E,Fに示す。
Case1.
 中年、男性。感冒症状で発症した。症状、所見:発熱あり(38度台)、呼吸症状あり(咳嗽、痰)、酸素飽和度96%(室内気)、胸部HRCTにて両側下肺に肺炎像を認めた。臨床経過:ファビピラビルを開始したところ、day3に解熱し、day5に呼吸症状は消失した。day13で退院した。肺炎経過は図1-Aに示す通りであった。
Case2.
 中年、男性。別陽性者からの濃厚接触後、polymerase chain reaction(PCR)陽性が判明し、後に発熱症状が出現した。症状、所見:発熱あり(37.9度)、下痢症状あり、酸素飽和度95-97%(室内気)、当初肺炎を認めなかったが、day3にて出現を認めた。臨床経過:ファビピラビルを開始したところ、day3に解熱し、day6に下痢症状は消失した。day14で退院した。肺炎経過は図1-Bに示す通りであった。
Case3.
 高年、女性。職場内の発症。発熱、感冒症状で発症した。症状、所見:発熱あり(38度台)、呼吸症状あり(咳嗽,呼吸苦)、酸素飽和度95-97%(室内気)、胸部HRCTにて両側下肺に肺炎を認めた。臨床経過:ファビピラビルを開始し、day3よりデキサメタゾン追加したところ、day4で解熱し、day5より呼吸症状は安定した。day13で治療終了となったが、体力低下遷延しday20で退院した。肺炎経過は図1-Cに示す通りであった。
Case4.
 中年、男性。職場内の発症。発熱で発症した。症状、所見:発熱あり(38-39度台)、呼吸症状なし、酸素飽和度97-99%(室内気)、胸部HRCTにて両側下肺に肺炎像を認めた。臨床経過:ファビピラビルを開始しデキサメタゾンを併用したが、発熱持続し、肺炎は増悪傾向であった。day4よりメチルプレドニゾロン大量療法開始し、これにより解熱方向となったが、day5より酸素飽和度低下が出現した。day5よりレムデシビル投与を開始したが、呼吸症状の増悪を認め、day7で高次医療機関へ転院となった。肺炎経過は図1-Dに示す通りであった。
Case5.
 中年、男性。職場内の濃厚接触後、PCR陽性が判明し療養目的に入院となった。症状、所見:発熱なし、呼吸症状なし、酸素飽和度97-99%(室内気)、胸部HRCTにて右下肺に肺炎像を認め、無症候だが発症と診断された。臨床経過:ファビピラビルを開始した。day4より微熱出現し、その後、増悪を認めた。day5よりレムデシビル投与を開始したが、呼吸症状の増悪を認め、day7で高次医療機関へ転院となった。肺炎経過は図1-Eに示す通りであった。
Case6.
高年、男性。別陽性者からの濃厚接触後、感冒症状で発症した。入院時唾液中抗原定量は著明高値(5,000pg/mL)であった。症状、所見:発熱なし、呼吸症状あり(咳嗽、咽頭症状)、酸素飽和度93%(室内気)、胸部HRCTにて右下肺に肺炎像を認めた。臨床経過:レムデシビルを開始したところ、day3にて呼吸症状は改善方向を示した。レムデシビル5日間投与終了後、依然として呼吸症状が持続することから追加治療としてファビピラビルを3日間投与追加したが、症状改善せず、レムデシビルを再投与した。day13では症状は消失した。day18で退院した。肺炎経過は図1-Fに示す通りであった。(図1.症例の臨床経過図
 Case1,2,3,4,5,6に対し、経過図1-A,1-B,1-C,1-D,1-E,1-Fを各々示した。経過図の縦軸は唾液中抗原定量、横軸は時間経過を示した。また投与薬剤名と治療期間を示した。肺炎について、経時的に前画像より陰影縮小、減少、消失を示した場合、改善とした。また横ばいでも臨床的に呼吸症状の改善を示した場合も改善とした。前画像より陰影拡大、新規陰影の出現は増悪とした。横ばいでも、呼吸症状が悪化した場合は増悪とした。mPSL:メチルプレドニゾロン


【考察】
 良好な経過を示した症例では治療後に、唾液中抗原定量は正常化、もしくはほぼ正常域に低下を示し、また発熱、呼吸器症状も経時的にほぼ同時に改善を示した。一方、治療抵抗性を示したCase4,5では、治療開始時の抗原定量は比較的高値を示し、さらには治療開始にも関わらずday3において低下遅延(Case4,635.88→144.21pg/mL)、もしくは上昇傾向(Case5,754.88→1359.5pg/mL)を示し、その後に、臨床症状は悪化した。これらの症例比較から、治療後の抗原定量変化は治療反応を予測する上で有用な可能性が示唆される。この視点に立って、Case6について検討すると、治療開始時点では抗原定量は極めて高値(5,000pg/mL)を示したが、レムデシビル投与により速やかに低下している(day3,86.08pg/mL)。レムデシビル5日間投与終了後、ファビピラビル投与に変更したところ抗原定量は再上昇し(day10,384.41pg/mL)、症状も持続した。この後にレムデシビルを再投与したところ抗原定量は低下し、症状は消失した(day13,88.56pg/mL)。抗原定量の変化が投与薬剤変更に連動しており、抗原定量変化は治療反応を評価する上で有用であると考えられた。
 COVID-19においては、経過が長引いた場合に免疫応答の過剰反応であるサイトカイン・ストームが引き起こされ臓器障害が急速に進行する可能性がいわれている[1,2]。当科においても抗原定量が低下傾向にあっても、長引く傾向にあると炎症が一時増悪した症例を経験している。知見の蓄積と検証が更に必要ではあるが、現時点において理想的なCOVID-19治療としては、できるだけ早期に適切な抗ウイルス薬を投与することでウイルス量を抑制し、誘導される炎症反応を制御できる状態に保つことが最適と考えられる[3]。本邦において現在選択可能な抗ウイルス剤はファビピラビル、レムデシビルの二剤のみである[4,5]。SARS-CoV-2は一本鎖RNAをゲノムとするウイルスであり変異株が発生しやすいことが知られているが[6]、抗ウイルス剤への反応性が変化する可能性がある。Case4,5,6はファビピラビルへの治療抵抗性で、レムデシビルへの変更を必要とした。迅速な判断が求められる実臨床現場においては、ウイルスゲノムの遺伝子学的解析は専門施設でなければ困難であることを考慮すると、抗原定量変化で治療反応を評価することは、適切な抗ウイルス剤選択の判断に有用な可能性があり、ひいては治療成績向上が期待できよう。
 当院で抗原定量検査を運用した上で経験した問題点として、少数ながらPCR陰性であった偽陽性を経験している。こうした例が示した数値の多くは軽度高値を示していた。臨床上改善や無症候にも関わらず陽性が認められた場合、PCR検査により確認することが望ましく最終的には総合判断が求められる。偽陽性の頻度については詳細不明であるが、唾液検体については再度遠心操作の上で再検査を行うことで陰性と確認できる症例もあった。
 現在、多くのCOVID-19症例の治療は入院にて行われている。今後、ワクチンの登場や社会情勢などにより診療方法がどのように変化するかは不明であり、近い将来では外来治療も可能になるかもしれないが、慎重なモニタリングが必要である。その場合、内服薬であるファビピラビルが外来処方の選択になるかもしれないが、抗原定量検査による治療反応の予測、及び治療開始からのリアルタイム評価が重要になるであろう。またまったく新規の治療薬が登場した場合においても、抗原定量検査は実施の簡易さから治療反応評価に有用である可能性がある。
【結語】
実臨床において、COVID-19に対して、唾液抗原定量検査は治療反応性評価の指標となり得る可能性がある。
(利益相反)なし
(謝辞)COVID-19診療に際して、当院看護師、検査技師を含めたすべてのスタッフに深謝いたします。

【参考文献】
1.Tang Y, Liu J, Zhang D, Xu Z, Ji J, Wen C. Cytokine storm in COVID-19: the current evidence and treatment strategies. Frontiers in immunology 2020;11:1708.
2.Soy M, Keser G, Atagündüz P, Tabak F, Atagündüz I, Kayhan S. Cytokine storm in COVID-19: pathogenesis and overview of antiBinflammatory agents used in treatment. Clinical rheumatology 2020;39:2085-2094.
3.Gandhi RT, Lynch JB, Del Rio C. Mild or moderate Covid-19. New England Journal of Medicine 2020;383(18):1757-1766.
4.厚生労働省.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引(第4.1版)
5.日本感染症学会.COVID-19に対する薬物治療の考え方(第7版)
6.Pachetti M, Marini B, Benedetti F, Giudici F, Mauro E, Storici P, et al. Emerging SARSBCoV-2 mutation hot spots include a novel RNABdependent-RNA polymerase variant. Journal of translational medicine 2020;18:1-9

(令和3年4月1日 北海道医報 第1231号)

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