活動報告

医師のキャリア形成をサポートするため様々な活動を行っています。

医学生との座談会

JRタワーホテル日航札幌[平成25年7月31日(水)午後6時30分]

常任理事医療関連事業部長 藤井 美穂


 北海道医師会女性医師等支援相談窓口では、本年度も、医学生との意見交換を通じ、医師として働き続けることに対する意識や、そのために必要な環境整備などに関する意見を把握し、相談窓口事業推進の参考とするため医学生との座談会を開催した。北大、札幌医大、旭川医大と国際医学生連盟(IFMSA−Japan)の学生と「医師のキャリアアップと人生設計」をテーマに、医学生に将来への期待や不安などを伺った。

医学生との座談会 出席者名簿(敬称略)

<医 学 生>
北海道大学  小野寺 慧 洲
              仙   万梨子
札幌医科大学 高 橋 有 毅
               吉 崎 那 保
旭川医科大学 村 田 雄 基
               宮 内 琴 菜

IFMSA-Japan(国際医学生連盟)
基礎研究留学に関する委員会(SCORE)
  責任者  野 村 朝 子 

<北 海 道>
地域医師確保推進室
医療参事   石 井 安 彦

<北海道医師会>
会   長  長 瀬   清
副 会 長  深 澤 雅 則
常任理事   藤 井 美 穂
常任理事   伊 藤 利 道
相談窓口コーディネーター
       新 谷 朋 子 
       永 石 歓 和 
       澤 田 香 織

 藤井:皆さんこんにちは。「医学生との座談会」は昨年初めて開催し、今回が2回目となります。三大学とIFMSA-Japanの学生の皆さんにお集まりいただいております。今日は、どうぞよろしくお願いいたします。それでは開会にあたりまして、長瀬会長からご挨拶を申し上げます。
長瀬:ただ今ご紹介いただきました北海道医師会の会長をしています長瀬と申します。今日は非常に楽しみにしてきました。学生の皆さんは、今日も授業があったと思いますが、こうして集まっていただきありがとうございます。
ここ数年、学生の方々と一緒にお話しする機会があります。なぜこのような会を開催するかと言うと、日本は、北海道だけではなく全国で医師不足や医師の偏在など、地域医療を取り巻く環境が大変問題になっています。これから、医師としてその中に飛び込んでいかなければならない医学生や小中学校の生徒を対象に、医療とはどういうものかとお話をしています。せっかくの機会なので、学生の皆さんが考えている医療、日々感じていることを皆で話し合い、ほかの大学の人たちがどう考えているかといったことも、これから医師になっていく上で参考にしていただければと思っています。私たちは、今勉強している学生の皆さんがどう考えて、どんな医者になりたいのか、どうしたいのかを知って、そして応援をしていきたいと思っております。普段思っていることを率直に話していただき、私たちは医師会として、皆さん方がこれから医者になっていく上で、何をやらなければならないかを考えていきたいと思っています。今日は、実りのある会にしたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
藤井:ありがとうございます。それでは、ご出席の方は簡単に自己紹介をお願いします。
小野寺:こんにちは。北海道大学医学部4年生の小野寺慧洲です。せっかくこのような機会が与えられたわけですから、いろいろなことをお話しして吸収して学んでいきたいなと思います。よろしくお願いします。
仙:こんにちは。北海道大学4年の仙万梨子と申します。本日は将来のキャリアアップについて同級生と考えたことなどをお話できたらと思います。そして、今後制度がどのようになっていくのか学びたいと思いますので、よろしくお願い致します。
橋:皆さん、初めまして。札幌医科大学医学部5年の橋有毅と申します。出身高校は北嶺高校です。大学ではゴルフ部に所属しており、合宿に行ったりしています。今回、このような貴重な会に招いていただいて本当にありがとうございます。なかなかこのような会に参加することはないと思いますので、皆さんの話を聞いて、また、僕の話もして今後の学生生活、また、医者になってからの刺激にしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
吉崎:札幌医科大学5年の吉崎那保です。出身高校は遺愛女子高校で、地域枠の2期生として入学しており、部活は軟式テニス部に所属しております。女性医師のキャリアや結婚・出産・子育ての問題についてのことは全然知識がないので、いろいろなお話を聞かせていただきたいと思っています。今日は、このような会に参加させていただいて本当に光栄です。よろしくお願いします。
村田:皆さん、初めまして旭川医科大学医学部医学科4年の村田雄基と申します。出身高校は札幌月寒高校です。大学では居合いと茶道部に所属しています。大学では循環・呼吸再生医療フロンティア講座のもとで行われている地域医療のCIKという団体の代表を務めさせていただいております。昨年は「医学生・研修医と語る会」に参加させていただいたのですが、前回の地域医療のテーマに引き続き、今回は女性医師のキャリアについてお話しさせていただくということで、今回もまた大事なテーマかと思いますので、皆さんと一緒にお話しできたらと思っております。今日はよろしくお願いいたします。
宮内:旭川医科大学4年の宮内琴菜と申します。出身はオホーツク海側の紋別です。大学では趣味のコントラバスをしています。今日はよろしくお願いいたします。
藤井:宮内さんは「プライマリ・ケアを学ぶ会」の会長も務めているのですね。あとで、この会に関しても教えて下さい。
野村:初めまして。IFMSA-Japanの北海道大学3年の野村朝子と言います。今日は、自分自身のこととしてもいろいろ話を聞いて考えていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。IFMSA-Japanでは、私は主に交換留学に関する委員会の活動をし、地域医療に関するプロジェクトにも参加していますので、その話もちょっと聞けたら嬉しいなと思います。よろしくお願いします。
藤井:ありがとうございました。それでは、医師会側の出席者も自己紹介をしたいと思います。
深澤:今年から副会長を務めさせていただいております深澤です。今まで子どもを育てるということには凄く苦労してきましたので、この会に非常に興味をもっています。専門は整形外科です。どうぞよろしくお願いします。
伊藤:常任理事の伊藤といいます。今日は、医療関連事業部の副部長という立場で出席しておりますが、地域医療部長というのも医師会で担当していますので、医師不足・地域医療・医師偏在ということについて考えなければいけない立場です。皆さんの卒後の臨床研修制度とか地域枠の方もいらっしゃるということで、その辺のことをどう考えているのかを伺えるのを楽しみにしています。臨床は消化器内科で、今は1人で診療所を札幌で開業しています。よろしくお願いします。
石井:北海道庁地域医師確保推進室医療参事の石井と申します。4月から道庁で仕事をしておりまして、地域枠の学生さんのことや、臨床研修制度のことなどを担当しております。私は元々札幌医大を卒業して泌尿器科の臨床医でしたが、行政の仕事に目覚めまして、厚生労働省で8年間勤務し、4月から道庁で勤務しております。自分では、つい最近まで若いつもりでいましたが、気が付けば学生の皆さんと相当年が離れ、やはり最近の学生さんが何を考えているのかということを、改めて聞く機会が少なかったものですから、今日は皆さんのお話を伺えることを楽しみにしてきました。どうぞよろしくお願いします。
藤井:それから、今日は、女性医師等支援相談窓口のコーディネーターが3名同席しております。
澤田:こんばんは。コーディネーターの澤田香織と申します。私は杏林大学卒後31年目の内科開業医です。小樽で開業しており、小樽市医師会の理事を今期3期目、そして、北海道女性医師の会の会長が2期目で、本日出席している新谷先生や永石先生と一緒に活動しております。いろいろな活動を通じて、本当にたくさんの医学生さんとご一緒する機会にあたり、自分自身もすごく勉強になることが多いと実感しております。今日は、どうぞよろしくお願い申し上げます。
永石:コーディネーターの札幌医科大学の永石と申します。どうぞよろしくお願いいたします。専門は消化器内科で札幌医大の卒業生で卒後16年目になります。今は消化器内科を離れ、解剖学講座で基礎の研究を中心にやっております。実は今日は、キャリアアップのところを担当するようにと仰せつかったのですが、私自身がまだまだその途上ですので、そこまでの経緯を少し学生さんと情報共有できればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
新谷:新谷です。私は昭和62年に札幌医科大学を卒業して耳鼻科に入局し、3年前に札幌医大の近くで耳鼻科のクリニックを開業しております。藤井先生が北海道女性医師会の会長だった10年前から事務局を担当しています。今は澤田先生が会長ですが、この会では学生時代から子育ての両立やキャリアアップなどを考えてもらうため、学生さんと企画している会もありますので今回の座談会を通じて、現在の学生さんの状況を教えていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
藤井:最後になりましたが、本日、座長を務めさせていただきます、札幌医科大学56年卒産婦人科の藤井です。今日はよろしくお願い致します。
それでは早速、今日のテーマ「医師のキャリアアップと人生設計」を3つのセクションに分けて、それぞれ、キャリアアップについては永石先生、北海道の地域医療に関しては澤田先生、将来のライフプランに関しては新谷先生に分担して、皆さんと意見交換の進行をしていただきたいと思います。それでは、永石先生にマイクをお渡しします。

キャリアアップについて

永石:私の担当のキャリアアップについて、ぜひ学生さんの考えを聞き、先生方のアドバイスをいただきたいと思います。
まず、今日参加されているのは4年生以上ですので、相当いろいろ将来のことを考えていると思います。3年生の方もいらっしゃいますが、基本高学年対象ということで、どのような医師像を皆さんは将来的に思い描いてるかということと、何年生ぐらいからそのことを意識し始めたかをお伺いしたいと思います。
橋:札幌医科大学は北海道立の大学なので、自分は北海道の医療に身を捧げようと思っています。北海道の医療を最前線で支えて、最終的には大学の教授になって地域医療の他にも、現場の臨床だけではなく行政的な面でも支えていきたいなと思っております。いつ頃からそれを意識したかと言うと、3年生ぐらいから考えていたと思います。
 永石:大学に入られる前に地域医療を意識したことはありましたか。
橋:いや、大学に入る前はないです。
永石:ご出身は札幌ですか。
橋:生まれも育ちも札幌です。
永石:やはり地域医療のことを念頭に置かれているということですか。
橋:自分が地域医療の現場で働くというよりは、地域医療を現場ではなく中央でうまくやりくりする側の仕事に興味があります。
永石:そのための課題は何だと思いますか。つまり、地方でキャリアを積む必要も、当然生じてくると思いますが、今自分のハードルに感じるようなものはありますか。
橋:今は何もないです。何も分からないので、今後はいろいろなハードルが出てくるだろうと思っています。
永石:次の澤田先生のセッションで、地域医療についてのハードルが出てきますので、ぜひいっぱい聞いていただきたいと思います。
吉崎:私は地域枠で入学しており、地域枠については具体的なことは決まっておりませんし前例がないため、具体的な医師像というのはまだ描けずにおります。女性なので女性としてのライフイベントも、どのように関わってくるのか分からないので、具体的なものは描けていないのですが、専門医を取った上で、私は田舎の出身なので、地域の方に信頼していただけるような知識を身に付けた上で、地域で医師をやっていけたらなと思っております。
永石:地域医療を含めて、広く選択肢を今考えていると思いますが、初期研修に関しては自分のビジョンというのはありますか。
吉崎:初期研修は、3年目、4年目、5年目、8年目、9年目は大学以外の指定されている病院に行かなければならないので、初期研修は大学で1年、そしてほかの病院に1年と考えております。
永石:特に地域枠1期生と2期生は、そのあとに続く方たちへの布石というか、道をある程度築かなければいけないと思います。当然、いろいろな葛藤もあると思いますが、どんな分野に進むにせよ専門医を取って、自分のライフイベントとキャリアアップを両立させていくためにはどうしたらいいか今考えていることはありますか。
吉崎:現状が分かっていないので、そんなに具体的には考えていないのですが、ライフイベントのほうを考えると、とても悲しい気持ちになります。
藤井:札幌医大の地域枠というのは、まだ実際に卒業生がいないのでどういうふうになるのか決まっていないのが不安の一因なのかなと思いますが、実際に2年までの研修とその先は決まっていないのですね。
吉崎:そうです。あと、女性医師というのは3分の1が生涯独身ということなので。
永石:それはよく言われていますね。やはりそれだけ女性に経済力があるから選択ができるという考えもありますよ。
澤田:昨年11月に「医学生・研修医と語る会」があって、その時に家族をとるか医療をとるかで悩むという話を伺いました。その選択肢は本来無いものであってほしいと思っていましたが、ライフイベントは家庭も仕事も重要なので、自然に自分のできることを積み重ねていけばいいのではないかなと思っています。どちらをとっても、自分がいいと思えれば良いし、できることならば患者さんをとった時に家族もそれを応援してくれると、なお良いなと、そういう家庭を持っていただきたいと思っています。それは、こうすればこうなるというものではなくて、その時その時の自分の意志がとても大切になってくると思います。回答になってはいませんが、悲しい気持ちというよりも不安な気持ちに近いと思います。おそらく、それ以上に、もっと楽しくわくわくドキドキするようなこともたくさんあると思いますので、頑張っていただきたいと思います。
永石:キャリアアップは、やはり大変で実は学生のうちからある程度フライングをしておかないと大変だと思います。私が伝えたいことの一番はそこで、やはり皆さん、もう4、5年生ですから、当然考えているとは思いますが、学生の時から情報収集するとか、うまくいかなくても自分のビジョンをある程度持っていてほしい。いつ頃までは地方に行っているけれど、いつ頃には戻ってきて専門医を取るための補習レッスンを稼ぐとかです。今は、地域枠というのは見えづらいとは思いますが、自分はまずこうしたいというのがないと、本当に周りの情報に流されてしまいますし、そこは、ぜひ自分の一本線はなるべく持っていただきたいと思います。
次の質問項目にいきます。診療科は皆さん、ある程度決めていますか。
仙:私はまだいろいろな分野に興味があり、迷っているところです。4年生で臨床の講義が終了するので、その後に考える予定です。現時点では、臨床にも社会医学にも興味があり、もし臨床医に進むとしたら、専門医をとった後に中学生のころから憧れている家庭医になり、地域に根ざした町のお医者さんになりたいです。自分の進みたい道に適したところがあればと思いますが、北海道でずっと育ってきたので、道内を中心に考えています。
永石:北海道の医療事情はかなり特殊です。全国から見ますと、まず範囲が広いということと医師の偏在が非常に大きいということ。我々が、当直であちこち行く時は飛行機で行くと言うと、東京の人には絶対に理解されないことです。飛行機で45分移動し、また1時間かけてどこかまで車で行くのが当たり前の医療の中で、これから皆さんは働いていくということになります。本州などの医療事情や北海道がいかに特殊で、北海道医師会はいろいろなことが他の県と違うことがあることもぜひ情報収集していただきたいと思います。
 藤井:先ほど自己紹介の時に、仙さんがお友だちとキャリアアップについてよく話をしているということでしたが、どういう話をされるのですか。
仙:友人とよく話すのは、いつ結婚相手と巡り合えるかや出産の時期などです。妊娠適齢期・子育ての時期と若い医師が中堅になっていく時期が重なっているので、そのバランスをどう取るかということで、毎回議論になります。みんないろいろな考えを持っていて、中にはもし家庭ができた場合は、家庭を本当に大切にしたいし、ただ、医師になると決めたら仕事に没頭したいので、専業主婦になるか、結婚をせず医師の仕事だけをするかの二択という人もいます。二択というか、道を決めたらわき目もふらず突き進みたいという気持ちなのだと思います。みんな仕事も家庭も中途半端にせずにできる方法がないものか、模索しているところです。
永石:少し学年が下がりますが、3年生の野村さんは、キャリアをどう考えますか。漠然としているものでありますが、何がキャリアと想像されますか。
野村:仕事をする上でのやりがいというか、やりたいことと、やってきたことの積み重ねの道みたいなものだと思っています。キャリアという言葉に対するイメージは、多分、人によって考えは違うと思います。自分の仕事のステップアップの過程、そのものだけを言うのか。世間一般としてのイメージはどちらかというと、仕事メインというのと、プライベートの家庭との兼ね合いも含めたものとして捉えています。
永石:将来的に大きな病院で働くにしても開業で働くにしても臨床医と、大学に残る教育職と研究職、大きく分けると3つがあります。それに対するイメージ、自分は主にどういうところに重きを置きたいかというビジョンがあるかお伺いしたいと思います。
小野寺:僕自身は北海道大学の4年生なので、たとえば北海道大学でしたら、5年生からMD-PhDコースという、教務と本格的に研究の道が開けるコースがあります。僕の友だちはそのMD-PhDコースに行くと決めている人もいますし、僕は、まだ将来何をやるかというのが具体的に定まっているわけではなく、臨床職と研究職の両方をやりたいと思っています。まず、初期研修で救急全般的というか、救急において臨床の厳しさを知って、その後研究職に行きたいと思っています。研究して海外に留学して何かをやりたいという希望もあります。今年の1年生からはクラークコースがあり、僕は入れませんが、面白いコースなので行きたかったなと考えております。研究職になったら自ずと教授になり教育というものを考えなければいけないと思いますので、両方頑張って臨床と研究の双方と関わっていきたいと思っています。
永石:宮内さんは将来的に専門医を取ってバリバリの臨床医というイメージなのか、教育職として大学に残って学生の指導をやっていくイメージなのか、それとも研究の第一線でやっていくイメージですか。
宮内:私はどれかと言われたら、臨床のほうをバリバリやりたいと思っています。ただ、今は大学で勉強しているので、どうしても大学の先生を見る機会が多く、そういう教育に憧れる部分もあります。
永石:皆さん、なかなか難しいとは思いますが、実際に始まってみますと、臨床医でスタートします。その後、学位を取るコースが北海道の場合は多いです。学位を取ろうと思う方は、大学院に後期研修の終わり1年ぐらいで入り、学位が取れると、次は留学をどうするか。留学までは皆さん割と行きますが、留学から帰ってきてから、そのまま研究を第一線で続けていく人は、留学した人の1割から2割くらいしかいません。つまり、皆さんは研究から教授職という考えがあるようですが、研究をしていてもその前に教授になれるのは1%しかいません。そういうことも分かって、留学から帰ってくる頃には臨床医に戻る方が8割9割です。特に北海道はそうだと思います。ですから、そういう現状もちょっと頭に入れていただけると、実際、その時期の情報に乗り遅れないと思います。帰ってきた時に研究を続けられる環境を自分から選ばないと無理で、現状では大学任せにしているとできません。自分でこうしたいと言わないと、地方に人員が足りないので、そちらへ絶対回されていきます。ですから、自分の意志をぜひ持っていただきたい。
最後に、私の経緯をお話しさせていただきます。卒業してから1年間、札幌医大で皆さんの制度がまだない時代ですので、第一内科と消化器内科に入局して、釧路に3年2ヶ月行きました。その時は、もう第一線の消化器内科の研修医と大学院生です。私が釧路市立病院にいた時は、第三次救急の当番病院になれば、夜中に150人の患者さんを診る。6〜7人の医者がいますが、だいたい内科にかぶってくるのが約100人で救急車25台という状態を乗り切って3年間。そこで臨床の研修を積んだと自分では思います。その後、札幌に戻り、もう少し消化器内科を専門的にしたいと札幌厚生病院とその他消化器の専門病院で研修しました。その時に大学院にも進学をして、研究を同時にやりながら大学院生のうちに認定専門医を全部取りました。ですから、ビジョンをある程度持っていかないとできなかったと今も思いますが、正直行き当たりばったりでした。大学院を卒業して3ヶ月でアメリカに2年半留学し、その時に結婚も出産もしました。日本に帰ることなく全て向こうでしてきました。産休は4週しか取りませんでした。産まれる前日まで動物実験をして働いて、次の日の朝入院して子どもを出産して48時間以内に退院をしてそこから4週です。これは極端な例ですが、帰国して臨床に戻りましたが、やはり研究の醍醐味というか大事さを意識して大学に戻り、たまたま解剖学講座は教育がかなりのウェイトを占める講座でしたので、解剖学の講座で再生医療の研究をしています。まとめになりませんでしたが、皆さん、キャリアアップについてはいつまでも付きまとう問題だと思いますし、両立は不可能ではないというのが私の持論ですので、ぜひ、上手に両方楽しんでいただきたいと思います。

北海道の地域医療について

澤田:私に与えられたテーマは地域医療です。皆様のお話を聞いていますと、すでに地域医療について関心を持って、いろいろ考えていらっしゃることが分かりました。地域医療と一口で言うと、プラス面とマイナス面があります。プラスの面は皆さん、どんなふうに考えているかお聞きします。プライマリ・ケアを学ぶ会の宮内さんどうですか。
宮内:私が住んでいる地域は、病院には内科か外科しかなくて、例えばお腹が痛い患者さんも頭が痛い患者さんも、1人の内科の先生が診る状況ですので、総合的に診る力がつくというのがプラスの面だと思います。
澤田:医師としての生活すべてという面から捉えて、村田さんはどうですか。
村田:先ほども話したCIKという団体でのことですが、アンケート等で地域医療に関してポジティブな面で捉えている人たちの意見は、僕自身もそうですが患者さんとの距離が近いことです。コミュニケーションが都市部に比べて濃密だというのは、先日、名寄と紋別に地域医療の実習に行った時にも実際に、都市部と比較してそういうところはあるなと感じました。また、都市部と異なっているわけではないですが、より感じることは、比較的、その患者さんを診るというよりは地域を診ると言いますか、人口3,000か4,000人くらいの住人の方々が、お医者さんの話を聞くと、住民の方のほうがよく知っていて、地域の結びつきが強く、比較的長く続けている方は、スーパーマンという印象を受けました。その辺はやはり難しいなと思い、マイナス面はそこが一番大変なのではないかと思います。
澤田:非常にいいところをついてくれましたね。地域で仕事をしていますと、病院や診療所で患者さんを診るだけではなくて、地域の中で産業医だったり学校医だったりスポーツ医として活躍している先生方もたくさんいますし、市という中でなく、町内とか地域の中での社会をつくるという意味でも、みんなが思っている先生はたくさんいらっしゃいます。本当に家族ぐるみで貢献することもあります。素晴らしいキャリアアップだと思います。函館のちょっと外れたところに住んでいて、そういうところで医療をするというイメージはどのような感じでしょうか。
吉崎:上磯町は田舎で高齢者が非常に多く、高齢者は膝が悪いとか通院が困難な状況を抱えている方々や、高齢者ですので病気も多くやりがいを持ってやっていけるのではないかと思っています。
澤田:高齢化社会ですからね。たくさんのご高齢の方がいらっしゃいます。動けない患者さんは、こちらから行くなど、在宅医療のほうも国の政策によって在宅で看取るという方向にもありますし、そういった意味で診療所や病院から出て地域の中で診療するということが多いかと思われます。
次はマイナスの面があるとしたら、どのように考えていらっしゃるか、ご意見いただけますか。
橋:僕も友だちとよく北海道の地域医療について話すことがありますが、意外とみんな、地域医療をやってみたいという人は多いです。ではなぜ実際に行かないのかというと、一番はあまり長くはいたくないという人が多くて、それは、今後、自分の子育てであるとか、学校がないとか行きたい学校の学区ではないとか、そういう事情もあって、札幌みたいにいろいろなものが揃っていないのがマイナス面です。先ほどのプラスの面の話にもかかりますが、みんな地域医療に興味は持っていますが、何年いればいいのかが分かれば、もっと地域医療に行く人が多いのではないかと思います。
藤井:先ほど、教授になって中心にいながら地域医療をもっと良くしていきたいという発言がありましたね。教授になって、この地域医療をどうしたら良いと思いますか。
橋:今、僕に考えろというのはちょっと。今言った話も1つだと思いますが、本当に地域に行ったら給料は高いし食事も美味しいし、いろいろな患者さんもたくさん来るので、地域医療に興味のある人は結構多いと思います。お前は3年間釧路に行けとか、まず3年間はここに行けと、それを約束してくれるのであれば行ってもいいと思う人が意外と多いと思うので、それが将来叶えば考えたいなと思っています。
澤田:前のお話でも1ヶ月だったら行っても良いなという声がありましたが、1ヶ月はちょっと短いですね。ただ、実際の現場のお話からすると、本当の僻地は、短い単位で患者さんが変わっていく。例えば、1人のドクターがずっと長く診ているのではなく、毎月ドクターが変わっていく中で、僻地の医療が進んでいるところもあるということは理解していただきたいと思います。その中で、患者さんが心寄せて診ていただいているという実態があります。
仙:私は生まれてからずっと札幌に住んでいるのですが、道内でも地方に行くとなると、新しい土地に行くということになります。新しい環境・新しい患者さんで、知り合いもいないということになりますと、そこに行くにはやはりある程度勇気がいるなと思います。以前見た報道番組で後期研修医が一人で離島医療を行うという内容だったのですが、やはりスパンが短いため引き継ぎも十分ではなく、大変そうでした。このように、新しい土地に行くということが、まず大きな壁なのではないかと思います。
また、地域医療は臨床が主となってきますので、研究をしたい人はなかなか行きたがらないのではないかと思います。ですが、地方でもできる研究活動などもあると思いますので、具体的な道を示していただけたら、イメージも変わってくるのではないでしょうか。
澤田:本当に、自分が自ら選んで行く場所ならいざ知らず、行かされるとなると不安も出てくると思います。地域の方では科の偏在があります。特に小児科と婦人科。一昔前は近くに産婦人科のクリニックがたくさんあって、そこで出産していましたが、今は各地域、例えば小樽だと1ヵ所しか出産できる病院がありません。小児科も集約されて、小樽では小児科で病棟を持っているのは1ヵ所だけという時代に入ってきています。その中で、科の選択は地域医療から見ると、このような実態をどのように感じるかということを、教えていただければと思います。
小野寺:僕の出身は人口3,000人を切るような小さな町で、町には医者がいません。近場の病院がかなり限定されてしまいます。昔は伊達日赤病院にも産婦人科がありましたが、10年前になくなって、つい最近復活したという話を聞いています。やはり地域に住んでいると、たとえば産婦人科だと室蘭に行くしかない。片道2時間はかかります。そういう状況で、住民も大変苦労されますし、また、医者としてはそういうところに行ったら、そもそも産婦人科がなくなるということはどういう経緯があったかは分かりませんが、何らかの困難な経緯があったとは思います。その障害を排除できないと難しいのではないかなと思います。特に、その僕の地域の中では、それが問題になりました。ある意味保守的な病院である伊達日赤病院から産婦人科がなくなったので、結構な話題になりました。僕は、その伊達日赤病院に後期臨床研修で行きましたが、病院長の話を聞いていて、なかなか難しい問題があると感じました。特に、科の偏在はその町の眼科医が当直をやっていて、患者が行ったら「眼科医なのでよく分からないです」ということがあるようです。人口3,000人を切るような小さな町ですが、医者がたまには来ます。そこに行くと、指導医から「君みたいな若い子では対応できない」と言われることもあります。
澤田:まさしく、そういう実態を身近に感じているということは大事だと思います。その実態の中で、また地域医療を考えていっていただければありがたいと思います。それでは、北海道は広いというお話が出ていて、当直するにも飛行機に乗って行くことや高度先進医療を受けるために、ドクターヘリとかドクタージェットがある。その存在は野村さん、ご存知でしたか。乗ってみたいですか。
野村:はい、存在は知っております。機会があれば一度乗ってみたいと思います。
石井:北海道では現在、ドクターヘリが3機ありまして、札幌・旭川・釧路の3ヵ所にあります。時期は未定ですが、今後、函館にも4機目を配備する予定でおります。ただ、先ほど広い広いという話になっていましたが、通常ドクターヘリというのは、運行範囲と言いますが基地病院のあるところから、本州では半径50キロのところを飛びます。なぜ50キロかと言うと、ドクターヘリというのは、そもそも重症な患者さんを扱うので、15分以内にドクターの手が入るところということになると、だいたい時速200キロで飛ぶので、半径50キロなら15分で手が出せる所となります。北海道の場合50キロで円を描くと、まったく面積に足りませんので、北海道のドクターヘリの特徴としては、半径100キロの設定にしています。それでも北海道の場合は収まりきらない。例えば旭川から飛ぶと稚内だと100キロをはるかに超えます。通常、ドクターヘリというのは、患者さんを運ぶと帰ってきますが、北海道のドクターヘリの場合は、距離が長いので患者さんの地域の近くまで行って給油して帰ってくるという、なかなか本州では見られないような運行をしていることがあります。それから、ドクタージェット、これは今違う呼び方でメディカルウイングと言われています。道内には空港が10ヶ所以上あるので、特に函館とか釧路とか稚内という広域のところから、どうしても札幌に患者さんを運ばなければいけない時に、ヘリコプターだと時間がかかります。高度距離がないので、ジェット機を使って患者さんの移送ができないかと研究をしているところです。地域の医師偏在を解消することは必要ですが、どうしても地域で、すべての高度先端医療のすべてが完結するということが難しい面もありますので、ドクターヘリとか、航空機による患者さんの搬送で補っているのが現状です。
藤井:石井先生は、臨床の専門家だったのに、地域医療に何が機転で目覚めて、どのようにしていったら良いと考えられたのでしょうか。
石井:私は北海道の出身ではなくて、元々埼玉県の出身で、大学が札幌医大で、そのまま札幌医大の医局に入って地域を回ったという経歴があります。皆さんぐらいの時には行政に入ろうなんて気持ちは毛頭なくて、そもそも行政で医者をやるなんて認識をほとんどしていなかった。通常、医局に入って専門医を取ってという路線に乗っておりました。あえて病院名は伏せておきますけれど、卒後4年目くらいに急性期の病院に移りました。そこの病院は、地域医療支援病院にしたかったのだと思いますが、とにかく患者さんを早く帰して紹介患者を増やせということで、急性期の患者さんをどんどんどんどん他院に紹介しました。そうすると何が起こるかというと、急性期の患者さんや癌の患者さんを診ると、ある程度のところで、極端な話、手術が終わった、あるいは抗がん剤治療が終わったところで、慢性期の病院に送ります。そうすると、慢性期の病院の管理がすべて悪いとは言いませんが、すぐに具合が悪くなって戻されて帰ってくる。戻されてきて、またこちらで少し良くなる、と繰り返していくうちに患者さんがどんどん悪くなって、最終的に納得のいくような最期を迎えられたのかどうか非常に自問自答した時期がありました。そんな時に、やはり、医療機関の医師というのは、スポーツで言うとサッカーの選手みたいなもので、こういうルールでやらなければいけない、オフサイドというルールがあったら、それに基づいてやらなければいけないと、ルールが決まっているのでそうするしかない。だったら、ルールを変えるしかないということで、行政のほうに目覚めてしまった経緯です。今でも臨床への未練が全くないわけでもないですが、一度走り始めたので行けるところまで行ってみようかということで、私もあまり長期ビジョンを立ててキャリアを考えたわけではありません。ただ、私の場合は、細かくいつまでに何をしようということは、全く考えてなくて、とにかく、自分が何のために働くのか、その目的だけを見失わずに、こういう生き方が楽しいかどうかは分かりませんが、私にとって医師であることは、手段であって目的ではないと思います。専門医の資格もそういうものだというふうに思って生きております。
澤田:皆さんが地域医療について、本当に考えているということが分かりました。大事なことは地域医療を、例えば患者さんを送る側に立ったり送られる側に立った時に、送る側の地域のことを考えて受け止めて、どちらの立場に立っても、理解ができるような医者になっていただきたいと思います。

将来のライフプランについて

新谷:皆さんは、卒業が近くなってドクターになることを考えた時、将来のキャリアアップ像と、それから実生活のライフプランと、どちらに重きを置くかということを考えて悩むテーマではないかと思います。私自身のことを申しますと、大学を出てすぐ結婚し、現在2人の子供がいます。主に大学と札幌の大学関連の病院に勤務し、開業前は講師で教育と研究をしていましたが、専門の分野で特化した診療をしたいという思いで開業しました。私は仕事と家庭の両立と言っても、それぞれ100%ではなくて、ある時期子育てに専念し、ある時期は仕事というようなバランスだと思います。それでは、将来に不安があるという宮内さんからお聞きしますが、結婚とか出産とか、卒業間近になってどのように感じていますか。
宮内:不安だらけで、不安を語ったら1時間くらい話してしまいそうです。まず、自分が小さい頃に思い描いたのは、自分も将来きっと結婚して出産してお母さんになるのだと考えました。今、私が医師として働いていくと、すごく乖離があるというか、自分の理想の家庭像と実際に働きながら家庭をもつことに不安があります。あとは、相手が現れるといいなということです。地域枠で入学して奨学金もいただいているので、9年間は指定されたところで働くことになっています。それと家庭、旦那さんの仕事と子どもの教育が両立できるのかという不安があります。
新谷:旭川医大の地域枠では、出産でお休みした際札幌や旭川にいた時にはその分が延長になるのでしょうか。 
宮内:私は奨学金を北海道からいただいているので、出産とか育児で例えば1年間休んだら、その分延長になっていくことになります。
新谷:札幌医大も地域枠入学の学生さんが来年度卒業しますが、出産や育児の時の対応など改善を要望していることはあるのでしょうか。 
宮内:今は本当に、みんなどうなるのか分からないのが不安ですし、自分のやりたいことが、明確に見えていないので主張しづらい。自分のやりたいことが明確に定まっていれば、その時期に出産とか育児をしやすくできるように組み入れていただければいいと思いますが、そこまで求めるのは贅沢とも思います。
新谷:道東の病院などに出張にいくと思うのですが、地域の病院の方が保育所の完備があり実は子育てしやすい環境のところもあります。子どもが小さい時は、地域で子育てをするプランを立てている先生方もいました。 
宮内:自分が田舎で育っているので、あまりそれが嬉しくなかった。都会志向なのかもしれません。選べるといいなと思います。たとえば、地域でも病気になった子どもを預かってくれる場所がある、そういう病院を選ばせていただけるとか、支援の整っているところに預かっていただけるという選択肢を与えていただければ、地域でも問題はありません。
新谷:地域で働くには子育て支援も整備されているというのは気になるところですね。
宮内:そうですね。あとは理解のある家族とか、できれば周りの先生方の理解もあったほうがいいなと思います。
新谷:ドクター同士で結婚する方がすごく多いと思いますが、一昨年札幌医大泌尿器科の男性の先生で、育休を取られた先生がいました。男性でも一緒に子育てしたいという気持ちを持っている方、イクメンが医師の中でもいますね。
村田:それは男性が育休を取られたということですか。
新谷:そうです。北海道女性医師の会では北大、札幌医大の学生さんと二大学の会を行っていて、昨年はその先生に育休を取られた経緯を話してもらいました。他にも病院によっては、男性医師が育休をとっているところもあります。
村田:大学とかでなくて病院ですか。
新谷:札幌にもあります。このように、男性でも子育てに参加したいと思いますか。
村田:僕は子育てに関してはすごく参加したいと思います。もっと言うと、子どもの年齢に応じて、地方、自然豊かな所で子育てをしたい時期があると思うので、不安かどうかというのは、あまり感じない。実際、協力したいと思います。
新谷:地域でも救急や急性期でかなり忙しいところや時間があり本を読んだり子育てをしたりできるというメリットもあると思うので、札幌はこうで地域はこうだと、あまり今の学生の時点で考えないほうがいいのではないかと思います。いろいろな環境で仕事をして、自分に合う、できる環境を見つけていくことを考えていく方がいいかと思います。
藤井:男性が育休を取りたいというのは、厚労省の臨床研修医に対するアンケート調査結果で出ています。女性医師の98%、男性医師の60%は育休を取りたいと回答しています。男女ともに条件が許すなら取りたいと回答している医師が多いのですが、自分たちが主張することがとても大事だと思っています。
新谷:まだ地域枠の卒業生もこれから出てきますので、女性も仕事をつづけられるように要望を伝えることがシステムづくりにもなると思っています。それでは次に、吉崎さん、先ほどもお話ししましたが、ライフプランを考えた時に地域で働くことに不安に思うことはありますか。
吉崎:地域で働くことで一番怖いことは、患者さんに「この医者使えないだろう」と思われることです。田舎はそういう噂が回るのが早いので、医師としての能力を身に付けてから田舎に行きたいのが一番です。でも、地域枠の指定病院には指導医がいない所が多く、1人診療所も考えられるので力がついて地域でやっていけるのかが一番不安です。結婚等もすごく不安ですが相手あってのことなので、いつかはできるかなと思っています。ただ、女性は結婚とか出産とか子育てとかで医師としてのキャリアを止めてしまうことがあったりして、地域医療をやっていく上で自分がやっていけるのかが今一番の不安です。
藤井:不安だという女子学生さんたちは多いですね。私が北海道女性医師の会の会長だった時に、学生と女性医師に対するアンケート調査で「女性医師であることがマイナスだと思いますか」という質問を5年ごとに継続的にしてきました。学生は「女性であることが不安だ」と応える比率が多い。一方、キャリアを持ち働く女性医師たちは「女性医師でよかった」という意見に逆転します。実際に働いてみると不安は解消していくものだと思う。経験がなくわからないから不安が募っていくと思うが、出産、育児、仕事も同様に解決可能と思う。私の信じる言葉は「There is a will, there is a way.」です。
新谷:私も耳鼻科に入局したときは、医局の中には身近にフルで働く先輩の女性医師はいませんでしたが、藤井先生に誘われて入った北海道女性医師の会では、70歳でもずっと働き続けている女性医師たちがいて、地域の中で働いている方々に会うのは、自分の将来を考えるうえで大事な経験でした。そういう先輩の医師に話を聞ける機会を作るのも、学生さんのうちに必要ではないかなと思います。また出産は仕方ないですが、研修の時に仕事を長期に休むと見る目や技術が落ちてしまいます。長期に休まないよう、細くても続けることが大事だと思います。
永石:私は休めなかったですが、休まないほうが良いと思う。復帰するエネルギーはすごく大変なので、どこか妥協する選択のほうが良いと思う。1回ゼロにしてしまったものをもう1回パワーアップするのは大変。だから極力続けてもらいたい。
 澤田:私は開業してから出産しました。ギリギリまで診療をしていましたが、開業医で1人なので、出産した時は妹が手伝いに来てくれました。おかげで安心して出産できました。地域にいると、地域のいろいろな病院のつながりとか、いろいろな研修会とか、診療していなくても勉強だけは続けていくこともできますし、地域ですから周りの人たちが子育てを手伝ってくれることも相当なメリットと思っています。先生方のおっしゃるように、気持ちがあれば本当に、いろいろなかたちで医師としての研鑽は積んでいくことはできると思います。脳外科医の先生が出産し休んでいた間は、ずっと糸結びの練習をしていたというお話をこの間伺いました。今はいろいろな形で勉強を継続することはできるので、出産イコール出産だけではなくて、出産をしながらいろいろな勉強を続けたり、研究を続けたり、先生方と細々とであってもつないでいくということが可能だと思っています。
新谷:北海道にいるメリットもあります。地域に根ざした研究ができ、今は文献を自宅にいてもネットで見ることができるので、仕事ができます。
橋:まず僕が今日言いたいことは、男性が当たり前に育休を取れるような社会にしていただきたいと思っていることです。その理由は、同級生の女の子と話す機会があって、僕はてっきり、育休を延ばして欲しいとか保育園がたくさん欲しいとかが女性医師の求めているものなのではないかと思っていましたが、話をしたらそうではなくて、1回出産して育休を取って戻ってきた時に、キャリアがそこで切れてしまう。なぜ女性だけがそれをしなくてはダメなのかということでした。出産に関しては、男が子どもを産むことはできないので仕方ないと思いますが、子育てという面に関しては、例えば出産から半月は女性が育休をとって、それから1年間は男性が当たり前のように育休を取るというようにすれば、本当の意味での男女平等なのではないかなと思います。男性だけがずっとキャリアを積み続けているのに、女性だけが出産と子育てのせいで、続けられている先生方もいるとは思いますが、中には、それが大変という方もいると思うので、そこで切れてしまうというのは、それはどう考えても不公平だと思います。札幌医科大学で育休を取った先生が1人しかいないというのが、逆に僕は衝撃的でした。それではダメだと思います。女性医師の結婚相手は男性医師が多いですが、男性医師が当たり前のように育休を取れるような環境を「男のくせに育休なんか取るな」と言われてしまったりする環境は良くないと思います。当たり前に男性医師、さらに言えば、男性全体が育休を取るのは当然となっていくことが、すごく重要ではないかと思っています。僕も実際に、自分の子どもができた時には、育休を取って子育てをしたいと思っていますし、お父さんも子育てに関わると良い子が育つのではないかと個人的には思っています。父親が子育てに関わることは、いろいろな意味で良いことが多いと思うので、男性の育休を当たり前のように取れるような社会を、今後求められているのではないかと思っています。
藤井:たとえば育休を取るということで、育休の定義が問題だと思うが、橋君が考えている育休というのはどういう形態の育休ですか。
橋:いろいろなことが考えられるが、例えば1年間は午前中だけの勤務にし、午後は完全にフリーにするという育休もありますし、あるいは半年完全に仕事をしないという方法もあると思います。そこは、どういう育休の形が求められているかは分からないが、いろいろな形があり、1年間くらいの期間があってもいいかなと思います。
藤井:短時間正職制度という制度は、育児や勉強のためなどで常勤でありながら勤務時間を短縮できる制度です。もちろん男性も女性も適応されます。安倍首相が3年間育休を確保するという方針を提唱していますが、キャリア継続の方針とは反しています。働き続けることが大事と新谷先生がおっしゃったけれど、その通りです。我々外科医であれば、1年間もメスを持たなかったら震えてしまう。あるいは心臓血管外科医がカテを入れようとした時に、1年間ブランクがあると血管にカテを入れることすらできなくなる。それは、どの診療科でも同じだと思うので、橋君が言ったように、たとえば、男性も女性も短時間でお互いに協力し合いながら子育てするというのも一つの考え方。社会の中で保育園がちゃんとあって整備されていれば、子どもを預けながら、自分たちのキャリアも継続しつつというのが理想の形と私個人は思っています。
橋:大学の教室などにいるのも男性が多く、子育てしながらのキャリアの継続に関する理解がない方が多分多いと思います。だから、結局院内の保育園とかが増えなくて、男性も同じように育児とかに関心がいかなく、新しいことがなかなか生まれてこないと思う。きっかけとして、男性の育児休暇を、もう少し常識化できれば良い。自分が育休を取る時は、キャリア継続をどうしようかと僕も考えます。男性が育休を取る常識がないので、男性には育休でキャリアが切れるということ自体が、そもそも分からない方が多いと思うので、男性が育児休暇を取って考える必要があると思う。少子化の時代ですのでそうしないと、そもそも、せっかく医者の家庭は経済的に余裕があって、本当は子どもをたくさん産めるはずなのにそうじゃないのは、今の社会からするとかなり矛盾していると思いますし、そういう意味でも、この問題は、ちゃんと考えなければいけないと思っています。
藤井:もう1つは、旭川医大には二輪草プランという男女共同参画センターが、北大には女性医師支援センターがある。札幌医大にはありません。是非、その気持ちをまとめあげて、作って欲しいと思っています。
宮内:男性も育休を取るという話ですが、結構他人事だと思っている男子学生がすごく多いです。育児だけではなくて、たとえば私は病気で半年休学しましたが、男の人も女の人も例えば病気になって働けなくなったり、親が突然倒れて介護しなければいけなくなったりすることはある訳で、女性が育児をしても働きやすい場所というのは、男性が病気になっても女性が病気になっても、家庭の事情で働けなくなった時にも働きやすい場所なのかなと思い、そのことを男子学生も先生方も一緒に目指していけたら、一番良いのではないかなと思います。
新谷:おっしゃるとおりです。今、みんなは健康でいくつになっても仕事ができると思っています。自身が思わぬ病気で休むこともあるし、親の介護で仕事を辞めてしまうドクターもいます。その時に仕事を休む時期があっても、お互い同僚が助け合う環境をつくるのは大事だと思います。
仙:私も、結婚・出産をしたいと思ったとき、キャリアはどうなるのだろうと不安になります。友人ともその話題になると何かどんよりした重い空気になるのですが、本来、結婚や妊娠・出産・子育ては、すごく喜ばしいことだと思います。ですから、理想としては、子どもを授かった時などに「どうしよう、キャリア」と思うのではなく、手放しで「ああ良かった」と思いたいのです。
そのためには、日ごろから一生懸命働いたり、ライフイベントのタイミングを意識することも大切だと思いますし、先ほど男性の育休というお話もありましたが、みんなで育児に関わることも大切だと思います。そういう活動によって、「子どもっていいよね」という感情が生まれてくれば、全体的に変わるのではないかと思います。
新谷:北大には別役先生といって、子育てもされながらキャリアを積まれて慶応の教授になられた身近で偉大なロールモデルもいらっしゃるので、そういう先輩を見ながら頑張ってほしいと思います。それでは小野寺さん。北大の学生さんの中では、男性の中で育休とかそういうことについて話すことはありますか。
小野寺:話すことは結構あって、いろいろな考え方があるので、女子学生なんかと喧嘩になることもあります。僕も別役先生の講演会を聴きに行ったことがあるのですが、色々なお話を聞いて印象的だったのは、家族の支援というかサポートがなければできなかったし、子育てという側面だけで見たら子育てに関わっていたわけでもないし、子どもたちにとっていい母親ではなかったのではないかとおっしゃっていた。そう考えると、すべての側面ですべてを完璧にするのは難しい。行政的なサポートの話も出てきましたが、男性医師も含め意識改革の必要があるのではないかと思います。北大だと例えば医局によっては育児休暇を認めているところがあると聞きましたし、女性男性共に、制度ができれば、僕の個人的な意見ですが、能力の高い人はどんどん社会に出て頑張ってほしい。元々僕ら医学生を育てるために多くの税金が使われている訳ですので、医学生として自覚を持って、女性に限らず能力の高い人は社会に出てどんどん活躍してほしい。そういうのが大事なのではないかと思います。男性でも育休を取るのは、個人的には職業的にプロフェッショナルになりたいと思っているので、自分のキャリアアップのことを考えてしまうことは否めないですが、女性もどんどんキャリアを積んで頑張って、社会に貢献できるような社会的な全体の活性化を考えるとどうなのかなと思います。
新谷:北大にはそういう育休を認めている医局があるのですか。
小野寺:具体的には分からないですが、医局によっては認められている所もありますし、先ほどの医局の教授の話によると、男性が育児に関わることで、もうちょっと男性的な育児の側面、女性の立ち位置というのが分かってきて、より医局の中でも活性化していくのではないかと言われています。
新谷:それは理解のある教授、医局長の考え方ですね。また医学生を育てるには多くの時間と税金がかかっているので休む時期があっても辞めてはいけないと思います。女性も男性も同じです。それでは、野村さん。キャリアと、その人生のライフプランというのを、まだ3年生なのでちょっと将来像が見えないところがあるかもしれませんが、どうでしょうか。不安に思うことはありますか。
野村:仕事をしていく上で、出産や子育てをためらわずにできるような環境であってほしいと私も思いますが、これは、多分医師だけではなく、ほかの職種の方々も、今の時代で周りからのサポートがなく、自分の仕事を辞めるか子どもをつくることをあきらめるかという方が結構たくさんいると思います。確かに医師として働く上で考えなければいけないことだとは思いますが、全体的に社会として見ていくべきだと話を聞いて思いました。
新谷:子どもが小学校の高学年になると仕事をもっているお母さんは多いです。医師だけではなくて看護師さんもいて医療業界というのは働きやすい職場だと思います。
藤井:ありがとうございました。白熱してしまい時間がかなりオーバーしてしまいました。これを持ちまして座談会は終了したいと思います。白熱した議論の総括と挨拶を深澤副会長にお願いしたいと思います。
深澤:いろいろな意見を聞き、すごく参考になりました。私の学生の時代と言いますと、医局には女性医師は5人か6人くらいだったと思います。今は3分の1、半分近くが女性の医師だと思います。そういう時代を迎えて、こういう議論になる訳です。私が言いたいのは、やはり知的労働です。技術を要する職種の人は、国が決めた1年間の育児休暇を取ってそのまま休むと、頭も身体も全部錆びついてしまいます。ですから、あまり早い時に子どもを出産して、長期間休んでその後戻ろうと思っても、気持ちも追いつかないですし、得た知識は蘇ってこないものです。私の妻も産婦人科の医者です。私が北大にいた時に、妻は天使病院の産婦人科の医者でした。当時、天使病院は全国で4番目くらいの出産数で年間二千とか二千数百あり、週に2日当直をします。その時、生後数ヶ月の子どもをどうしたかと言うと僕がミルクをやったりおむつを替えたり、それから離乳食を与えたり、そんな丸々休む必要はありませんが、旦那が一生懸命協力しないとダメです。もし、女性でそのことが非常に心配だったら、そういう理解のある男性を選べばいい。私はそのまま仕事をして、病院をつくりました。夫婦で協力してやっていかないと上手くいかない。一番残念だったのは、その当時、社会は共働きというものに理解がありませんでした。女性は家庭にいて子育てをすれば良いという社会でしたので、保育園に入れたくても、認可保育園には入れませんでした。あなた方は収入が多いからと断られていました。生活保護の人は優先して入れて、何かちぐはぐな社会だなと思っていました。院内保育だとか入れてくれる保育園が増えてきましたから、私たちの時代よりはずっと今のほうが育てやすいのではないかなと思っています。あまり長く休まないで頑張ってください。皆さんの職種は、社会の中で感謝される職種です。教育に進んでも臨床に進んでも良いですから、必死にやるべき仕事だと思います。皆さん1人を育てるためには、今1億円くらいかかっているはずです。国民の税金をそれだけ使っているわけですから、なんとか仕事を続けていってほしいと思います。年を取った時も医者をずっと続けてきて良かったと絶対思うと思いますので、熱意を持って頑張っていただきたいと思います。決して、仕事と育児と二者択一なんてことは言わないで、絶対に両立できるはずです。
それともう1つ、医師の偏在の問題もあります。これは個人の自由に任せていたら、解決は難しいと思います。3年の期限で括れば行っても良いという意見がありましたが、1年でも2年でもいいので、短期間地方に行くような義務付けを、特に国立とか公立のお金を国民からもらっている学校は強制でなくても、賛同を得られる人に義務付けて行ってもらうことで、地方の医療が補完できるのではないかと私は思っています。
皆さんのこれからの活躍に期待します。頑張って下さい。

学生の皆さんには当日言い足りなかったご意見等を書いていただきましたので、ここに掲載いたします。

医学生との座談会
北海道大学医学部4年 仙   万梨子


「北海道医師会 医学生との座談会」への参加で得たことの一つは、地域医療や女性医師のキャリアパスといった、将来私たちが向き合わなければならない医療の問題について、北海道医師会が真剣に考えてくださっているとはっきりと感じられたことでした。
テレビや新聞などの報道や講義などによって、医療・労働環境問題に対して様々な取り組みがなされていることは知っていました。しかし、それらは「社会の意見」や「組織としての見解」であり、医師会ではどのような方々がどのような意気込みで取り組んでおられるのかを実感できず、漠然とした不安を抱いておりました。
しかしこの度、医師会の先生方が学生の意見を真剣に聞き、答えてくださり、そして励ましてくださるのを目の当たりにして「組織」は「熱意を持った人々の集団」であると実感しました。また、同年代の学生が同じ問題意識を持ち、動いていることも印象的でした。問題自体は解決への途中ですが、真剣に考えてくださっていることや一緒に頑張っていける仲間がいるということで、安心感が芽生え、より将来の医療に対する意欲が増しました。
先生方の熱意あふれる貴重なお考えを伺い、大変勉強になりました。また、北海道の医療・労働環境問題をよりよくしようという気持ちは医師会の先生方も学生も共通であると学生が認識できる、そのような意味でもとても意義のある会でした。私のような学生はたくさんいると思います。今後もこのような機会を大切にしていただけましたら幸いです。
このような会に参加できましたこと、感謝しております。本当にありがとうございました。

医学生との座談会
北海道大学医学部4年 小野寺 慧 洲

医師としてのキャリアアップを考える上で、自分のライフイベントとのマッチングは欠かせない。女性医師の就労支援等を含めたハードな側面での確立も無論大事であるが、職場の周囲の理解といったソフトな面も必要であろう。これには、医学生への教育まで遡った、ひいては義務教育からの取り組みが求められよう。
とりわけ医学生を育てるために多くの投資があるゆえ、医師には職務を全うする責任が課せられている。よって、結婚や妊娠・出産を機に仕事を辞めることは厳しいだろう。そこで、先ほどのハードとソフトな面の充実である。たとえば育休であるが、これを女性にだけ認めるのか、男性にも認めるのか、ジェンダー論も相まって様々な議論があるが、選択肢はなるべく多いほうがよいだろう。あえて狭めることもない。これに限らず、選択肢が広いとそれだけ可能性も広がり、自分のキャリアアップを図りやすくなると思う。もちろんこんな簡単に済む話ではないだろうが、しっかり検討していく必要があろう。
北海道の医療事情は特殊である。これが地域医療を難しくしているところもあるが、医師が地方に行くにあたり医師個人の意識や医局の対応はもちろん、地域の受け入れ姿勢も関わってくるだろう。つまり、医療者と地方自治体の相互連携が必要であり、これに地域住民も加わって、そのどれも受け身ではない三位一体となった地域に即した医療を行うことが望ましいと思う。そして、医師は地域でしっかり役割を果たせるような知識と技能を身に付けることが大事であろう。そのためにも医学教育のより一層の充実を図る必要がある。
今回の座談会を通じて、いろいろな見方や視点に触れ、たいへん貴重な経験を得ることができ、もっと勉強してよい医者になりたいという気持ちが強くなった。このような場を与えてくださった皆様に感謝したい。ありがとうございました。

医学生との座談会
札幌医科大学医学部5年  橋 有 毅

7月31日開催の座談会で、私自身も子育てにたくさん参加したいし、男性医師も育児休暇をとることが当然とされる環境にするべきだという意見を述べさせていただきました。そのことに関して座談会後に考えたことを述べさせていただきます。それは「育児休暇(略して「育休」)をもらう」という言葉についてです。私は「育児優先期間(略して「育優」?)に入る」のような言葉に変えることも考えてはどうかと思います。その理由は、子育てが忙しい時期にその親をサポートする方法は「休暇」を与えることだけではないからです。また、「休暇」という言葉が、男性医師が「育児休暇」をもらいにくい環境を助長しているようにも思います。子育てでは、例えば出産から1年間は必ず午後5時に仕事が終わり保育園に子供を迎えに行けるように当直や手術、外来業務を調整したり、出産から半年間は午前の業務のみになるように調整するといったサポートもとてもうれしいものだと思います。男女問わず医師にとって、長期間医療現場から離れることは医療技術の維持という面で避けたいと思うことは当然であり、医師不足の問題を考えても患者の利益を考えても大切な認識だと思います。なので、キャリアの中断が無く仕事を継続しながら育児をサポートする「育児優先期間」を男女が同じ期間ずつとることが望ましいのではないかと思います。また、このようなサポートのためには大学の教室、大学、病院といった組織が明確な意思表示をして、しっかりとした制度を作ることが必要です。医師不足の問題を考えても、女性医師の力が必要不可欠です。しかし、私も含め男性は女性の思いや考えを十分にわかっていません。なので、女性は働きづらいと考えているところや求める事を職場や社会に積極的に発信し、男性はそれを真摯に聞いて、男女ともに働きやすい環境を協力して作っていくことが求められていると思います。

座談会に参加して
旭川医科大学医学科4年 宮 内 琴 菜

今回はこのような座談会に参加させていただきありがとうございました。
自分のキャリアや地域医療への貢献の仕方について考えると良いきっかけになったと感じています。
今回の座談会で私が発言した中で一番強調したいことは「子育てしている女性が働きやすい環境は誰にとっても働きやすい環境なのではないか」ということです。
男性、女性に関わらず、出産・育児・介護・体調不良などで今までと同じように働けなくなる可能性は誰にでもあります。その時にどうするか、「辞める」と「今まで通りに続ける」の間に選択肢があることが医師の離職率を減少させ、ひいては地域医療を支える助けになるのではないでしょうか。
また、周囲の理解や支援しようという雰囲気があるかどうかが制度面以上に重要でしょう。そういった面も含めて「働きやすい環境」がどんどん増えていくといいなと思います。特に僻地でそのような環境があるということは、僻地での医師不足を解消する一助となるのではないでしょうか。将来は、自分もその環境づくりに少しでも貢献できる医師になりたいです。
今回の座談会では他の医学生の方々の自分とは違う考えや、先生方のご経験、ご意見を伺うことができて大変実りの多い時間となり、貴重な経験となりました。結婚、子供、地域枠、奨学金など自分の将来について考えなければならないことがたくさんあることにも気付きましたが、まずは医師になり自分の興味のある分野を学び、患者さんの役に立つことを目標に頑張りたいと思います。

医学生との座談会の感想
札幌医科大学医学部5年 吉 崎 那 保

この度は、このような座談会に参加させていただき、ありがとうございました。他大学の学生と一緒に、貴重なお話を聞ける機会をいただけて幸せに思います。その中で、キャリアアップやライフイベントといった自分の将来のビジョンをうまく描けず、考えをまとめられないまま、発言を繰り返し、終始、将来が不安という発言しかできなかったことを深く反省し、お詫び申し上げたいと思います。
この会に参加するにあたり、医師になるという希望と志を持ち、入学してきたはずなのに、5年間の生活の中で、地域枠の中で女医になることの不安がどんどん膨れ上がっていたことに改めて気づかされました。また、医師の生活について、ほとんど知識がないことにも気づかされました。わからないから、女医についてのネガティブな意見を少し聞くだけで、ものすごく不安になっていたのだと思います。座談会と座談会後の会食の中で、女医としてキャリアも家庭も両立している先生方のお話を聞けたことで、女医のキャリアと家庭について、少しイメージができるようになり、不安が小さくなりました。これからはこのようなお話を聞ける機会を自分から求めていき、自分の将来のビジョンをしっかり作り、そのビジョンに向かって邁進していきたいと思います。
そして、座談会の中で、地域枠についても多く触れていただきましたが、まだ卒業生のいないこの制度は、未決定なことも多く、医師の方へあまり認知もされていないものと思います。保健福祉部医療政策局の先生方には、この制度のためにご尽力頂き、心から感謝申し上げます。医師の方々にも、この制度の中で卒後9年間を過ごす者がいることを知っていただき、ご指導ご鞭撻の程をいただけたら幸いです。厚かましいお願いで恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
卒業まで約1年半、そして医師になってからの何十年、悔いのないように過ごせるようたくさん考えて悩んで進んでいきたいと思います。
貴重な機会をありがとうございました!今後ともよろしくお願いいたします。

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