活動報告

医師のキャリア形成をサポートするため様々な活動を行っています。

医学生との座談会

JRタワーホテル日航札幌[平成24年7月30日(月)午後6時30分]
常任理事・医療関連事業部長 藤井 美穂

 今後、北海道医師会女性医師等支援相談窓口事業を推進していくためには、医学生や研修医の意見を反映していくことが重要である。医師として働き続けることに対する意識や、そのために必要な環境整備などに関する意見を把握するため、医学生との座談会を開催しました。
 当日は、北大、札幌医大、旭川医大と国際医学生連盟(IFMSA−Japan)の学生男女各4名と、子育て中の医師夫妻が参加されました。医師のキャリアアップと人生設計をテーマに、医学生に将来への期待や不安などを伺いました。(平成24年9月1日 北海道医報 第1128号附録)


医学生との座談会 出席者名簿(敬称略)
<医 学 生>
北海道大学   房 田 卓 也
          和 田 莉 奈
札幌医科大学 串 間 孝 朗
          渋 谷 仁 美
旭川医科大学 潮 田 亮 平
          鈴 木 美 紗
IFMSA-Japan(国際医学生連盟)代表
          北海道大学医学部5年 山 本 祥 太
IFMSA-Japan SCORA(性と生殖・AIDSに関する委員会)北海道地域責任者
          北海道大学医学部4年 佐 藤   彩

<子育て中の医師代表>
札幌市     足 立 英 文
 (札幌医科大学附属病院勤務)
札幌市     足 立 清 香
 (札幌社会保険総合病院勤務)

<北海道医師会>
会   長    長 瀬   清
副 会 長    畑   俊 一
常任理事    藤 井 美 穂
相談窓口コーディネーター
          星 井 桜 子

<北 海 道>
保険福祉部医療政策局
 地域医師確保推進室 参事
          奥 山   盛

藤井:それでは定刻になりました。今日も、すごく暑かったと思います。この暑い中、またお忙しい時期に皆さんにお集まりいただき感謝しております。
 今日は、「医学生との座談会」ということで、目的は、北海道の地域医療も含め、医学生の皆さんの考え方を、我々の医療にどう反映していったらいいのか、若い人たちと一緒に、意見を伺いながら協力していかなければならないと考えて開催することにしました。
 この座談会には、メディアとして今の北海道の医療の実情をしっかりと反映していきたい、今回の座談会で皆さんの意見を聞きたいということで、北海道新聞の方がいますので、時々写真をパシャッと撮られるかもしれません。  では「医学生との座談会」を開催したいと思います。開催にあたりまして、北海道医師会会長の長瀬先生からお話をいただきます。
長瀬:北海道医師会の会長をしております長瀬と申します。皆さんには、暑い中お集まりいただきましてありがとうございます。北海道医師会では、5、6年前から、女子学生と医師会で話をしようという会を作りました。そういう会でお話をしているうちに、これは、男子学生もいろいろ関係することなので、男性の方にも来ていただこうということになり、この4、5年は、男子医学生を交えて行っています。また、我々が旭川医大や札幌医大、北大に行って活発ないろいろなご意見を伺っています。キャリアとしてずっと続けてもらうことは、特に女性の先生は大変ですよね。医師になられることは、もちろん大変だと思いますが、キャリアとして続けていただきたい。そのためには、男子医学生も協力しなければならないし、我々卒業した医師も、医師会とか大学とかいろいろなところが協力していかなければならない。そういうことを、学生さんのうちからいろいろ知ってもらい、「私はずっと続けてやるぞ」と決心して、北海道の医療を良くするのだということを、今から、学生さん同志で話し合っていただきたいなと思っております。  いつもはポスターを貼って「集まって下さい」と呼びかけてやっていましたが、今日は、大学から皆さんを紹介していただきました。あまり構えて堅苦しく話をするというのではなく、藤井先生は話を引き出すのが非常に上手な先生ですから、ものすごく気楽な感じで、思ったこと思いついたこと何でもいいです。こんなことはどうかとか、自由に話すことができる場を設けたいと思っていますから、そういうつもりでいろいろなお話をしましょう。よろしくお願いします。
藤井:長瀬会長、ご挨拶をありがとうございました。今日は暑いので、会長もノーネクタイで、私もこんなリラックスした格好で来ました。それでは早速、自己紹介からいきましょう。お名前をお呼びいたしますので、簡単に自己紹介をお願いいたしますね。
房田:北海道大学5年生の房田卓也と申します。出身は札幌北高校で、ずっと地元で育っております。クラブ活動は特にやっておりません。本日はよろしくお願いします。
和田:北海道大学4年の和田莉奈と申します。札幌南高校出身でずっと北海道育ちです。クラブ活動は卓球をやっていて、今、東医体に向けて練習を頑張っています。こういう場は初めてなので、少し緊張していますがよろしくお願いいたします。
串間:札幌医科大学医学部医学科5年の串間孝朗です。生まれは宮崎ですが、中学校から北嶺中高等学校に入り、地域枠の1期生として入学しました。部活はバドミントンをしております。僕もこういう場で話すのは得意ではないのですが、よろしくお願いします。
渋谷:札幌医科大学医学部5年の渋谷仁美と申します。私は札幌東高校の出身で、ずっと札幌育ちです。大学では合唱部に所属しております。私も、あまりこういう会に参加したことがないので大変緊張しています。よろしくお願いします。
潮田:旭川医大医学科2年生の潮田亮平です。出身はオホーツクのほうで、父が置戸や遠軽、北見とかを転勤していました。今はまだ19歳で、おそらくこの場では最年少だと思います。黒いのは、陸上をやっているせいで、毎日走っています。今日はよろしくお願いします。
鈴木:旭川医大の医学科4年の鈴木美紗です。今日はこのような場に参加できたことに感謝しています。ありがとうございます。出身は、札幌南高校です。北海道内では札幌が長かったのですが、深川にも住んでいたこともあって北海道が大好きです。部活は、旭川医大でMed-Edu(メド・エデュ)という地方の中学校や小学校に健康教育を行う活動をしていて、つい先日も、中頓別と西興部に行ってきました。今日はよろしくお願いします。 藤井:ちょっと自己紹介から外れますが、Med-Eduというのはsince2010と書いていますが、2年前にどうしてできたか教えてくださいますか。
鈴木:旭川医大の学生は、地域医療に興味のある学生が多く、やはり地域に入って何かしたいという思いが強くあって、そこで健康教育をして小中高校生に触れていくことで、地域の健康のボトムアップができないかなという考えからやっています。私たち学生が、「違法薬物」「禁煙」「性教育」を、中学校や小学校から依頼を受けるかたちで授業を作り、それを旭川医大の医師に監修してもらって、小中学校で実施しています。アンケート調査もしていて、地域の健康意識などもちょっと知りたいと思ってやっています。
藤井:素晴らしい。よく分かりました。このMed-Eduというのは旭川医大のなかの組織ですか。部員は何人ですか。
鈴木:旭川医大の学生でやっています。今、1、2年生もたくさん増えて20名ちょっとで活動しています。

藤井:すごいですね。ありがとうございました。それでは、IFMSA-Japan(イフムサジャパン)って、皆さん、ご存知ですか。国際医学生連盟です。Med-Eduの話も出ましたが、IFMSA-Japanからも、今日は、代表の方と部員の方が来ています。
山本:IFMSA-Japan国際医学生連盟の代表をしています山本祥太といいます。北海道大学医学部の5年生です。いつも大変お世話になっております。学生が先輩医師の方と意見交換できるというのは、本当に貴重だといつも感じております。全国の医学生を代表する立場という意識のもと、今日はお話させていただけたらと思っています。よろしくお願いします。出身は、帯広柏葉高校です。
佐藤:北海道大学医学部医学科4年の佐藤彩です。本日は、IFMSA-JapanのSCORA(スコラ)から参りました。SCORAというのは、性と生殖・エイズに関する委員会で、Med-Eduの性教育、性に関する教育に特化したような組織です。若者目線の話になってしまいますが、中学生とか高校生の間に知っておきたかった病気や性の知識や、これを知っていたら失敗しなかったのにという知識、最近では、性に対するいろいろな考え方の性の多様性を広めていく活動もしています。私はあまり崇高な意見は言えないですが、一般的な女学生の意見として聞いていただけたらと思っています。よろしくお願いします。出身は、札幌南高校です。
藤井:それでは、今日は、先輩医師として足立先生ご夫妻が来て下さっていますので、自己紹介をお願いいたします。
足立(英文):皆さん、こんにちは。札幌医大附属病院の産婦人科に所属しています、今年8年目の足立と申します。よろしくお願いします。
足立(清香):こんばんは。医者7年目になります産婦人科の足立清香(さやか)と申します。春から札幌社会保険総合病院に勤務しております。2歳の子どもがいますが、今日は実家に預けてきました。今日はよろしくお願いします。
藤井:今日は足立英文先生と2人で、子育てをしながら忙しい産婦人科の臨床医としてお仕事をされているということで、具体的なところをお聞きしたいと思っております。それでは、こちら側の紹介をしたいと思います。
星井:札幌医大を卒業して、長い間、山の手の国立病院に勤めていましたが、今年4月に退職後に行くところがなくなるのではないかと早めの退職をして開業した星井桜子と申します。
藤井:私は、昭和56年に札幌医大を卒業しました。7年前に大学を辞めて、今は時計台記念病院で産婦人科の臨床医をしております。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
畑:北海道医師会の副会長をしております畑です。高校は旭川北高校で、これは甲子園に2回出場した有名な高校ですが、私はサッカー部に入っていました。大学は北大の43年卒業44期です。医者になって40数年経ちます。研究者の生活を送って、今は、円山で内科を開業をしております。
奥山:奥山です。北海道の保健福祉部で医師確保を担当している立場から参加させていただきました。今日は皆さんのざっくばらんなお話を聞かせていただいて、いろいろと仕事に活かしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
藤井:今日のテーマですが、学生の方にはキャリアアップ、将来自分はどんな医師になりたいかライフプランについて、それから北海道の地域医療をお聞きしたいと思います。足立先生ご夫妻には、体験とどんなサポート体制が必要かというお話をお聞きしたいと思っております。
 それではまず、キャリアアップについて。どのような医師像を描いていますか、医学部に入ってから考えたことがありますか、医者を目指したのはどうしてですかということをお聞きします。
佐藤:私は、難病を治してやろうとか世の中の人のためとか、あまりそういうことは考えてなくて、人体への興味というのがちょっとあって、そういうことをできるのは医学部かなと考えて入学しました。今、北大の4年生で、臨床科学という座学を、教科書を使って勉強するコースをやっていて、私は研究より臨床で、対人でやりたいなと思っています。
山本:最初に医者になろうと思ったきっかけというのは、実は物心つく前だったのです。自分の父が医師で、その姿に憧れて医師になろうと考えたのではないかと思います。大学に入って医学部のカリキュラムに巻き込まれるかたちで、現在5年生になって実習に回っていますが、元々興味のある分野が生殖医療だったので、将来的には臨床と研究をバランス良く、大学の医局に巻き込まれるかたちでやっていきたいと考えています。
和田:私も父が医者をやっているので、中高生の頃に父の働く姿を見ていて、すごく忙しくて大変そうとは思うのですけど、やはり私もやりがいのある人を助ける仕事がしたいなと思ったのが、まず最初です。やはり臨床に行って、人と対話してコミュニケーションを取りながら患者さんの信用を得るような医者になりたいと思っています。
房田:自分の父は公務員で医療関係者は近くにはいないのですけど、思い描いている医師像としましては、自分は小学校ぐらいの頃からアレルギー性鼻炎で開業の先生のところに通っているのが、多分自分の中での医師像としてあると思います。きちんとコミュニケーションを取りながら状態が変化したら薬を変えていく、そのほかに風邪とかもよく診てもらいました。今で言う、プライマリ・ケアに近い部分があるのでしょうか。そういう医師像を思い描いていると思いますので、何年生から意識しましたかと申しますと、小学校5年生ぐらいからということになるでしょうか。
串間:僕は、実は両親から将来、職にあぶれないと言うか、お金に困らない生活をするようにと常に言われていたので、その中で考えると、医者が一番お金を稼げて、不自由なく子どもを学校に行かせられるかなと思いました。将来は、街ではなくて田舎でのんびり開業していければ良いかなと思っていますが、漠然と目指し始めたのは高校1年生くらいからですね。あまり何がきっかけとか、自分が小さい頃どうこうというのではなく、もう少し現金な考えです。医学部で勉強し始めてからも、そんなに自分に向かない職業ではなく、勉強もそこまで嫌いなわけでもないし、そんな向かないものでもないかなと思って、まだ続けております。
渋谷:何故医師を目指したかという点が、実はこれは大学の面接の時にも非常に悩んだことなのですけど、大きな目標とかがあったわけでは全くなく、気付いた時には医師になりたかった。どう説明すればいいのかすごく難しいのですけど、医師以外になりたいと思ったものがないというか、小さい時によく、「将来何になるの?」と聞かれ、女の子だったら「私はお花屋さんになる」とかと言うと思うのですが、私はその時すでにお医者さんになりたくて、小さい頃ちょっと身体が弱かったので、よく小児科にお世話になっていたというのが、もしかしたら根底にあるのかもしれないのですが、とりあえず何故なりたいかは分からないです。でも、なりたくて大学の医学部に入学しました。小さい時に診てもらった医師の方が結構心の中に残っていて、将来は診療所とか総合的に診られるような方向に進みたいなと今は思っています。
潮田:僕が医師を目指し始めたきっかけは、元々親は教員なので教師になろうと思ったのですが、高校2年生の時に、地元の北見赤十字病院の内科医が一斉退職して、医療が危ないと一時話題になりました。ニュースは全く見なかったので、何のことか分からなかったのですが、自分で調べていくと、北海道の医師は足りていないということで、自分の生まれ育ったオホーツクのほうも、あまり医師がいないということで、これは誰かが医師になってくれるのを待つのではなくて、自分がなったほうが早いんじゃないかと思い、高校2年生の頃に勉強を始めて、医師になろうと思って頑張っています。どのような医師像というか、ただ地元で地域医療、へき地医療をやりたいなと思って入学したのですけど、1年生の頃、どこに勤めようかとわくわくしながら、いろいろ行ったのですが、やはり1年間では医療というか人の命を預かる仕事はできないんだと思いまして、今は、どんなふうに患者さんに向き合う医師になりたいのか、いろいろ考えながら生活しています。
鈴木:私が医師になりたいと思ったきっかけは、海外で働きたいなと思った時に、どこでも不安なのが人の健康や身体だと思い、医師という職業を選びました。医師という職業になることによって、よりいろんな地域に深く入って行けるのじゃないか、という気持が強くあったので、今、大学に入って、北海道内のほかの大学や他の地域をいろいろ見ていく中で、国内でも医師という職業に就くことによって、その地域と深く関われるのだと思い、過疎の地域へ行って働きたい、そして、自分は周産期に関わりたいと思っています。
藤井:ありがとうございました。本当に素晴らしい意見ばかりで、今日はこれだけでも良かったなと思いました。この中で、総合医になりたいとか、地域医療に携わりたいという意見が出ました。具体的に周産期という意見もありましたが、もう進みたい診療科は、決まってきていますか。
串間:僕は総合診療をやりたいです。
藤井:あとの方は、どのように地域医療に貢献できるかは模索していきたいということで、診療科は、これから先だということですね。
 それから、皆さんのお話を伺いまして、ほとんどが臨床に携わりたいのですね。大学に残ってスタッフになり後輩を指導していきたい、教育職につきたいと考えている方いらっしゃいますか。また将来、研究していきたいなという方は山本君だけですか。皆さん、あとは臨床で患者さんに向き合っていきたいと考えているのですね。次に、「将来、臨床・教育・研究職のどれになりたいですか」という質問をします。
山本:教育もやりたいです。
長瀬:学校で自分の周りの人でそういう人はいるの。
藤井:そうですね。どうでしょう。皆さん、学年がバラバラなのですけど、5年生になると何割ぐらいの人が、診療科が決まっていたり、将来、教育・研究・臨床に進みたいと決めているのか、分かりますか。
房田:全員の意見を聞けたわけではないのですが、自分の感覚としては、今4人の班で実習を回っていて、その中で正確な方向性というか、内科か外科かという分かれ方はしているようではありますが、バシッと「この科」と決まっているのは少数派だと思います。
串間:内科・外科という大まかな分かれ方はもうほとんどの人間がしていて、あとは基礎に行くという考えの人は、かなり早い段階から基礎に行く考えがあるのですけど、ほとんど少数ですね。数人いるかいないかという感じで、ほとんどが臨床です。
鈴木:やっと4年に入って、実習する機会が増えて、こんなことがやりたい、あんなことがやりたいというのは、そろそろ挙がってきていると思いますが、やはり、一度実習に回って研修してみないと分からないなという意見が、私の周りでも多いと思います。
和田:最近、臨床の座学が始まって、ようやく専門的知識が入って来たという段階で、やっていてこれはあまり興味が湧かないから、この科はないなと言う人は結構いたりします。先輩からも、「実習に回ってみないと分からないよ」と言われたりして、実習に回ってみて考えが変わるから、実習を回ってから考える人が多いような気がします。私自身もそうです。基礎は終わりました。生化学やりたいとか、そういう人もいます。研究に携わっている人とかもいて、学生時代から、もう研究室に出入りしている人がいます。
藤井:さて、2年生が1人いらっしゃるのですが、2年生の潮田君。周りはどうでしょうかね。
潮田:2年生なので、まだ基礎医学が始まったばかりで、組織学とかをやったりしているのですが、周りは、全然1年生気分が抜けていなくて、将来何になりたいですかと言われた時に、総合医か専門医か、研究に行きたいぐらいは答えられるのですが、詳しく、私は何科になりたいというのはなくて、いかにテストに受かるかということしか考えてないです。地域医療を頑張りたいというかたちで入ってきたのですが、そのような方は非常に少数派です。この前、学年別に地域医療に関するアンケートを行ったのですけど、その結果、うちの大学は、地域枠とAO入試と一般入試に分かれているのですが、地域枠とAOの人が地域医療に携わりたいと思っている人が多いという印象を受けています。地域枠というのは、旭川医大は50名で、道北・道東で10人とって、あとは北海道全体で40人ぐらいとって50人ぐらいということです。
藤井:皆さんのお手元に、旭川医大の医学生に対する「地域医療に関する意識調査」というアンケート調査が配られています。北海道の奥山さんにとっては大変貴重な資料と思います。あとで地域医療のところで、参考にさせていただきたいと思います。

 さて、キャリアアップに関しまして、ひととおり皆さんにお聞きしましたけれど、星井先生から何かお聞きしたいことはございますか。
星井:私の時代は結構古かったので、女性としてある程度職業を維持するのは、なかなか他の職業では難しいかなというところがあって、技術を自分で取得するという意味でも、医師を選べば長く仕事が続けられるという思いがあったのですけど、今、皆さんたちのお話を聞いていると、特に女性だから医師を選択する際に、何か特別な意識があるとか、そういうのはあまりないような感じを受けました。特に女性医師の方、若い方の意識が私の時とずいぶん違うので、気持の上で、何か意識していることがあるのかということをお聞きしたいと思います。
藤井:1学年何名女子学生がいるのかもざっと教えて下さい。
鈴木:私の学年では4割が女子学生です。女性医師で活躍されている先輩方がたくさんいるので、私たちも女性が医師をやることに対して違和感がないというか、女性でもなれる職業というイメージがあります。特に性差を意識したことはないと思います。
渋谷:札幌医大の5年生では、104人いる中で女性は26〜7人ぐらいで、大体どの学年も3割弱くらいです。職業を選択する際に、個人的に私の意見としては、私は将来ずっと働き続けたいと思っていて、子どもとか家庭とかをあまり意識していないでいるので、全くそういうことは考えに浮かびませんでした。でも、うちのクラスの同級生でそういうことを言っている人は、ほとんどいないので、これは私の極端な意見ですが、私はそうでした。
和田:北大の4年生は、だいたい女子は19人ぐらいで、学年の2割ぐらいです。でも、下の学年を見ていると、徐々に女性の割合が増えていると感じます。私もあまり性差は考えていなかったのですけど、毎日働かなくてもある程度の収入があるから、逆に家庭を持ちながらでも続けやすいのかなとは思っています。
佐藤:北大の女子学生の割合は和田さんが言ったとおりなのですけど、私も医者になろうと思って医学部に入って過ごしている間に、特に、女だから医者はちょっととか、女だから医者のほうがいいとか、そういうことはあまり感じたことがないです。祖母が小さい病院の小児科の医者だったので、子どもがうちの父と叔母と叔父と3人いるので、ああ、何かいけるのだと、何と言うのでしょうか、軽い考えでいけるのだなと思っていて、実際に授業に来てくれる先生方も、臨床と研究で差はあるのですが、「私には子どもが4人いるけれど教授やっています」とか、「うちは子どもが何人いるけど臨床医やっています」という先生が結構来ているので、特に心配はしていないです。2月にあった医師会のおしゃべりフォーラムで会ったお医者さんも、生まれたばかりの子どもを抱えながら来ていて、割と頑張ればいけるかなと思っています。
藤井:近くにロールモデルがあるということは、すごく大事だということがよく分かりますね。
 足立清香先生は、7年目ということですが、医師になった理由はありますか。性差を考えて医師を選んだ、あるいは女性であることは全く関係なかった、どちらでしょう。
足立(清香):私自身は、医者になった動機に性差は関係ないです。
藤井:それでは「将来のライフプラン」をお聞きしたいと思います。将来のライフプラン、結婚・出産・子育て・仕事の継続とライフプランを考えた時に、何か不安なことはありますか。お手元に配付している資料は、日本産婦人科医会が作っているものですがご覧ください。プランに合わせて矢印が左から右のほうへ流れていきますが上段にはキャリアに関して、下段にはプライベートライフで、何年経ったらこんなことが起きるだろうというグラフですね。将来について何か不安なことは、ありますか。
佐藤:祖母のモデルで私が学んだことは、子育てをどこまで自分自身でやれるかなということです。お手伝いさんに子育てをお任せしていたという祖母の話を聞いて、さすがに私は、お手伝いさんを雇えるお金はないなと思っています。自分の力か、自分の母親か、相手の母親・父親か、そういうところにあたる人たちを頼ってやっていくのかなという感じはしていますけど、どこまで自分が自分の力でやれるかというのは、ちょっと不安です。
藤井:具体的なことが分からないので、出てきて初めて、ということもありますよね。山本祥太君はガールフレンドがいるということで、2人で将来のことをお話ししたことはありますか。例えば、今、「イクメン」「カジメン」とかいっぱいありますよね。そういうことに関してはどう考えていますか。
山本:最近メディアでは、よく「イクメン」という言葉を使っていますけれど、自分が描くイクメンのイメージは、キャリアとか自分の職業に関して100%やっちゃうと家庭がおろそかになるから、だから仕事の方はほどほどにして、家庭のほうも協力するというイメージがあります。自分は、あまりそういうのは好きじゃなく、仕事も100%全力投球しながら家庭のほうも絶対おろそかにしないという、ちょっと100%を超えちゃうような方が理想であるなと思っています。仕事をおろそかにしたくないという考えを持っています。
藤井:技とツールが必要になりますね。
和田:私は医師として働き続けたいというのがあるのですけど、やっぱり、ちゃんと家庭を持って自分の力で子育てをしたいというのがあります。でも、そこに関しては最近本当に不安だらけで、そうなるとやっぱり、結婚する旦那さんの理解とか協力は絶対必要だろうし、もし子育てとなって出産の時には産休を取って育休を取って、まず産休育休がとれるのかという心配があるし、取れてもその後、職場にスムーズに戻れるのかなという不安があったりします。結構、周りには両親が医者の子がいて、その子に話を聞くとお母さんの手料理を食べたことがないとか、ほとんどレトルト食品か、外食ばかりだったとかという子も結構います。私は、子どもにそういうことはしたくないと思ったりしますが、そうなると、仕事か家庭かどっちかがおろそかにしなければならない状況になってしまうのかなと、すごく今は不安です。
房田:自分は結婚について具体的に考えたことがありませんので、皆さんのように立派な意見は申し上げられません。問題がずれてしまうかもしれませんが、ライフプランについて、仕事の継続などに関わるので、ちょっと申し上げたいことがあります。たとえば自分で職場を選ぶ、働き続けていくということに関しまして、自分の大学で行われる研修説明などでは、よく「医局に入らないと働く場所がなくなる」と説明を受けます。自分は研究が肌に合う感じではなく、医局に入ることもあまり考えていません。そうなると今後のライフプランとして、そもそも医師として働き続けられるのかどうかに不安を感じることがあります。あるいは、今後医師以外にできることがあるかというところまで考えてしまうこともあります。
藤井:串間君、どうでしょうか。もし将来結婚したらという前提で、自分はどうだろう、周りの友だちに、もう結婚されている人がいないかな。彼らは、どういうふうに勉強と家庭を両立しているのでしょうか。
串間:学生の時に出産を経験している人もいるのですけど、やっぱり自分で全て育てるわけではないみたいで、お母さんなり親戚の方なりに協力してもらって、子育てをしているという現実ではあります。自分のことに関しては、地域枠特別推薦で入ったので、卒後9年間ぐらいは道の指定する病院で働かないといけなくて、それはずっと固定じゃなく2年交代くらいで色々な病院に飛ぶので、その時お付き合いしている方がついてきてくれるかどうかがとても心配です。 渋谷:結婚のことについては、一応補足させていただきたいのですが、結婚は考えていないというか、考えるのをやめたというのが正しくて、私は大学に入るまでの高校時代は、あまり勉強していなかったので、3年間浪人をして大学に入ったのですが、その浪人中に人生について、医者になっていったいどうしたらいいのだろうかと非常に悩んで、たくさん迷って、友だちと相談している時も、医師としてどうなのだろうとすごく考えました。
 これもまたすごく極端な意見を申し上げるのですが、医師になるのには、やはりほかの職業と比べものにならないくらいの莫大なお金が税金からかかっているわけで、1人1億円とか言われていると思います。それはもう99%近くが税金から来ているので、特に私たちのいる公立大学だと、特にかかっているので、医師として自分の権利というか、プライベートとしての権利はもちろんあると思うのですが、その分を社会に返さなければいけないと思っているので、それを考えたら、自分のライフプランとかを言っている場合じゃないかなって。これを言うのはちょっと…、あまりこういうことを考えている人はいないと思うのですけど、こういうことを考えている人もいるということを言っておきたくて申し上げさせていただいています。確かに少数で、私の学年には多分私しかいないのですけど、先輩とかではこういう考えをお持ちの方が、実際に6年生にはいらっしゃったので、ちょっとそれで安心しました。今日は言わせていただいていますが、自分の生活のことばかり考えないで、社会に奉仕するという意識を持ったら、結婚とか子育ては、大事ですけれど、そういうふうに思ったというのが正しい思いです。
藤井:せっかく地域医療のことが出てまいりましたので、地域医療に関しての話し合いをしたいと思います。北海道の地域医療に関して少し質問をしてから、最後に北海道の奥山さんから、その地域医療の実情に関して、お話をお願いします。
 まず、資料の「北海道の地方では医師不足である状況を知っていますか」、次に、「将来自分は地方勤務をしたいですか」についてですが、自分は地方勤務をやる気があるよという方は(挙手)。6人。ずいぶん多いですね。先ほど、山本祥太君は、スタッフになって残り、研究・教育もやって後進の指導もしていきたい。そのためには大学を基盤にしなければいけない、ということでしたね。地方で働く先輩たち、そういう医師像というのがあると思うのですけど、地方の先輩で、自分のモデルになっていて、すごいな、こんな先生に自分はなりたいなという人は誰かいますか。 鈴木:旭川医大では、地域を見ることに力を入れているので、たくさんの大学でやっている地域医療の実習に参加させてもらっているのですけど、行く地域、行く地域で魅力的な先生がいらっしゃって、私がわぁと思ったのは、去年、名寄に行った時におられた消化器内科の先生です。その先生は中央でいろいろな勤務をされていたらしいのですけど、「それぞれの地方で特色があって、地方でやるからこそ、やらないと見えないことがたくさんあるのだよ」とおっしゃったことが、とても印象的でした。そういうふうに地方に入っていけたら楽しいかなと思います。私が実習に行った時には、名寄市立病院に勤務されていたのですけど、無床の診療所で働いていたこともあって、今は、大学に戻っています。
渋谷:私が、この先生のようになりたいと思った先生は、道南の町立病院で全科診療を標榜されている先生です。授業で来てくださったのとは別に、1週間ぐらい病院で実習させていただいた時に、本当に何でも診ているのと、患者さんに対する姿勢がすごく暖かくて、私もこういうふうになりたいと思いました。
長瀬:松前だね。木村先生。
渋谷:はい、松前の木村先生です。
長瀬:有名な先生ですよ。テレビにも出ています。町の人たちに、いろいろなことを教育したり、すごく熱心な人ですよ。
藤井:資料の最後に、日本地図の上に北海道を重ねている図がありますが、北海道ってものすごく広域ですよね。こういう中で、地域医療をしたいと思っても、現実にはなかなか、地方に行くのは自分の私生活もあるので難しい点も出てくると思います。奥山さんから、北海道の地域医療の実情をお願いできますか。

奥山:簡単にご説明いたします。資料の中の地図をご覧ください。北海道の3次医療圏と都道府県の面積を比較しているのですが、北海道が特に国に対していろいろな要望をする時に、本道の特徴として、こういった広域なところで医療をやっていますということを説明します。北海道が6つに分かれていますが、3次医療圏と言いまして、ほかの県で言えば1つの県を言います。1つの県が3次医療圏ですから、北海道は6つの県があると考えていただいて結構だと思います。ちなみに、根室市と札幌市、四角で囲んでありますけれど、距離が東京―大阪間に相当しますよと。これは厚生労働省の方々に一番説明しやすい。距離感を持っていただくためにこの地図をよく使っています。本年2月に、長瀬会長を中心に、厚生労働省などに対して医師確保に関する提言に出向いた時もこの地図を使い、積極的に、北海道の特徴をアピールしてきています。
 行政の資料は面白くなくて申し訳ないのですが、資料の医師の状況を簡単に説明させていただきますと、平成8年から22年までの「医療施設に従事する医師数の推移」の資料、人口10万対医師数ですが、特に平成12年に初めて北海道は全国平均を上回りました。ただ10年後の平成22年には若干逆転して、また全国のほうが上回ったという状況です。私どもは、いろいろな方々に説明する時に、このグラフの下の2次医療圏の地図で説明しています。左側には表になっていますけれど、札幌と上川地域の旭川、ここを除いては、全国平均を下回っていまして、特に下から宗谷、根室、日高、こういった地域がほぼ100人以下ということになっております。我々のところに、よく、町村の首長さんがお見えになりまして、医師確保の苦しい状況を訴えていかれます。特に、先ほど旭川医大の学生さんがお話しをされていましたけれど、道北のたとえば中頓別ですとか浜頓別、こういったところは、今、50床規模の医療機関を、医師1人の常勤体制で、そのほかを都市部からお手伝いいただいて、ぎりぎりの体制で運営されています。我々はこういったところを注視しながら、早くお医者さんを見つけて、複数体制でやっていけるよう努力はしておりますが、なかなか厳しいというのが実情です。
 次は、女性医師の状況です。徐々にですが右肩上がりで女性の先生方が増えてきております。こうした状況を踏まえて、道医師会の藤井先生方と相談しながら、北海道も女性医師の復職支援策として、休職されてから職場に戻る時に研修をしていただくだとか、相談窓口などを設けながら、現場に戻ってくださるような環境をつくるための努力をしているところです。ちなみに、この資料には出ていませんが、出産や育児に関わることが多い20歳代から40歳代前半の医師数について、女性は1,408人と7割を占めているのが現状でして、北海道としても、こういった方々を中心にバックアップしていって、継続して臨床で頑張っていただけるような環境をつくろうと、そんな努力をしているところです。

藤井:ありがとうございました。資料の中で、ご質問はありますか。私から、最後の「女性医師数の推移」が、全国の伸び率と北海道の伸び率を比べますと、北海道はちょっと緩やかですね。それから、北海道の女性医師が占める割合が、全国に比べてちょっと低いですね。これは働いている方の比率ということですね。 奥山:そうです。
藤井:今日は、地域に出て働きたい、地域医療に貢献したいという学生さんたちが非常に多かったのですが、現実はそうではないと。そこら辺のギャップは何が問題だと思いますか。
奥山:特に、先ほどの地図でお示ししましたように、旭川を中心とする上川地域と札幌地域、医育大学があって医師が多いことは当然なのですが、皆さんが実習するための研修機関も、こういった都市部に集中しています。このため、2年なり3年なりの後期研修を受ける時とか、専門医資格を取るための研修を受けるといった時に、どうしても集中しやすい。そういった面もあると思います。
 また、地方は、ただお医者さんに来てほしいということではなくて、我々としても、市町村と協力しあって、お医者さんが地方に来やすい環境、お医者さんが地方で働きたいと考えてもらえる、そんな環境をつくる努力をしようと思っています。いろいろ難しいこともありますが、地方には、病院を守る会だとか、お医者さんを守る会といったものも徐々にできつつありますので、学生の皆さんには、こういったことも頭の隅に置いていただきながら、早く医師国家資格を取って活躍されることを期待しています。
藤井:どうでしょうか。現実は、専門医を取るまでの間は教育施設のあるところに集中してしまうということで、そこから先、地方になかなか羽ばたいていけない方も多いのですね。こんなふうにしたら、もっとみんなが地域医療で頑張れるのにと思うような、何かアイディアがありますか。
山本:へき地で働くには、その土地に愛着がなければだめじゃないかと思っています。だからこそ、時間のある学生のうちに、いろいろな北海道のへき地の病院に行って、実際に働いている先生や、地域の患者さんの様子を見て、ここだったら働いてもいいかなという意識、地域医療をやってもいいかなという選択肢を学生のうちに持たせるというのは大事なことなのではないかなと思っています。実際に、地域に行ってというのは、1年生の夏、9月頃に北大は地域の病院に行って3日間ほど実習をさせていただくカリキュラムがあります。自分は士幌町の病院で実習をさせていただきました。どちらかと言うと病院見学、社会科見学みたいな感じでさせていただき、各診療科にこういう設備があって、ここはこういうふうになってとか、そういった制度の側をみるような見学になっていました。 長瀬:それやって、周りのいる人たちで「ああいう町に行ってみたいな」なんていう人の声は聞く。 山本:自分としては、帯広出身なので、士幌はほかの人と比べると、愛着があるのかなと思います。ただ、個人的には、ここでずっと働くのはちょっと、という印象を持ってしまいました。夜になると真っ暗になるし、コンビニとかもないですし。
藤井:札幌医大のカリキュラムはどうでしょうかね。
渋谷:札幌医大のカリキュラムは、2年生の秋に看護実習というのがありまして、そこで、外の病院に行くのが1週間ぐらいあります。地域の病院でも札幌市内の病院でも良いので、そこで地域を選べば、地域の病院を見学する機会はあります。札幌市内の病院を選んでしまうと、地域の病院に行く機会は5年生の地域体験実習までないです。
藤井:むしろ、医療の現場を体験しようという感じのカリキュラムですね。
渋谷:そのような感じです。
藤井:旭川医大はカリキュラムとしてはどうですか?
潮田:2年生の前期に、ランダムに地域に振り分けられ、病院実習に行って下さいという授業があるのですけど、2年生でもう1回ぐらい、上級生になってからあったほうがいいのかなと、旭川医大で行われている早期体験実習という北海道の地域医療を見てこようという授業を、1、2年だけでなく上級生でも行なったほうが良いと思います。
藤井:1年生2年生の時には、まだ何も分からないですから、勉強してから行くのと印象も違うし、やる気も違いますね。
星井:先ほども、暗くてちょっとイヤになったというお話がありましたが、その地域医療の体験をしたためにイヤになるという方は、結構いらっしゃるのかなと思ったのですけれど、そういうことは周りでないのでしょうか。地域医療の体験をしたことによって、したいというよりも、こういうところで働いて勉強になるのかと、そういうふうに思ってしまうことのほうが、もしかしたら多いのかなという感じはないでしょうか。
山本:自分の考えている地域医療の印象は、卒業したら何年間はその地域で働かなければいけないといった縛りの中で、なんとか維持していっている状況だと感じていて、それは、医者が消耗品として扱われているようなイメージをすごく持っています。そこにいて、実際、自分がそこで何かを学んだり育てていただいたりということができるのかなというイメージを持っていて、それが自分はすごくイヤで、だからこそ、自分は将来的には後進を育てることをしていきたいと思います。
潮田:いろいろな病院を回っていた中で、とても二極化していると感じました。例えば、在院日数がすごく長い病院とか、その地域の老健だとか特老が満床で溢れて、療養型病院になってしまっていて、ずっと同じ患者さんばかりを診なきゃいけないような病院と、あとは、本当に医者が1人か2人しかいなくて、2日に1回は夜勤をしていますというものすごく忙しい病院などを見せていただくと、この状況には自分は入れないという印象を受けてしまうところもありました。
長瀬:それはすごく重要なことだと思いますね。今、政府・厚労省が作る医療制度は、急性期の病院と慢性期の病院、それから在宅と、そういうように完全に分けようとしています。そうしたら、急性期病院だったら、急性期だけやりたいという人が必ず出てくるのですよね。これはすごく問題な訳。今、すごくいい発言を聞いたから、僕も国のほうに話をしようと思うけれど、そういう制度になれば、やる人はやるけれど、やらない、やりたくないという人も、たくさん出てくるということだよね。
鈴木:すみません。旭川医大から続けて発言してしまいますが、先ほど、旭川医大生に対する地域医療に関する調査ということで、先日の医学教育学会で、学生がポスターセッションで発表したポスターを見たのですが、これで面白いなと思ったのが、1学年から地域・地方に関するイメージを聞いている項目があって、ネガティブと答えていた学生が、学年が上がるにつれて減っていっているんですよね。ポジティブと変わっているのではなくて、どちらでもないという部分が増えているのですけど、それは、旭川医大は、地域を回る機会があるので、そういう機会に触れた人は、やはりネガティブという印象から、少し良いほうに固定しているのかなというのがあります。へき地の現状を見てちょっとイヤになるのではないかとおっしゃられたので、それはそうではないと思いました。
藤井:どうでしょうか。地域枠とか特別枠という枠があると思いますけど、そういう枠で入ってきた学生さんの地域医療に対するモチベーションは大きいものがありますか。それが、卒業後の進路を選ぶ時にも維持されているものなのですか。 
鈴木:入試形態でどうこうというよりも、むしろ、在学中に、地域を見た学生と見ていない学生というのには温度差があるのかなとすごく感じます。地域入試で入ってきた学生というのは、割と地域で実習する機会が多いと思います。そうでない一般入試で入ってきた学生でも、地域に出ていると、話す地域医療の印象は全然違うというのは聞いています。 潮田:僕は地域推薦枠で入ったのですが、AO入試はやはり北海道の出身と決まっていますので、将来札幌に戻りたいという人はいっぱいいます。地域枠は、わりかし地方から来ている人が多いので、やっぱり地元に帰って医療がしたいという人が多いので、それは有効な入試制度なのではないかなと思います。
藤井:それは、先ほど鈴木さんが言ったように、地域枠で自分のモチベーションもそうだから、地域をよく見るということ、それを体験しているということが大きいのですね。
長瀬:この旭川医大のMed-Eduについて、自治医大の研究発表でも、いろいろなところで研究論文が出ているのですが、日本だけでなく、アメリカもそう。地域枠もあるけれど、地域で医療をするというのは、そこの地域で育った人が医者になるでしょう。卒業してから、自分で最終的に身を落ち着ける所は、自分で育った所。だから、札幌で育った人は札幌で最後まで、地方では地方で育った人が、全部なるわけじゃないけど多い。その全体的な研究がされているのです。そこで、地域で育った子どもたちが医者になるように育て、動機付けをしてあげるというので、来月、本別町で、町長さんも教育長さん、学校の校長、病院も、子どもとその親も巻き込んで、講演会とか話をします。医療というのはどういうものだとかを見せたりする活動を、死ぬまでやろうと思っています。今度1回、あなた方のそのサークルがする時に、時間が合えば一緒に行って話をしたいなと思います。そういうふうにしないと、これからの地方の医療は、絶対に助からないなと思っています。だから、頑張ってやって下さい。
藤井:ありがとうございます。一方で、山本祥太君の意見のように、自分のモチベーションではなく、Dutyや外からの押しつけみたいな形、そういった枠組はイヤだという気持も正しいのかなと思います。自分の気持の中で、地域医療に参加するということがとても大事なのかなと思いました。
 足立先生ご夫婦が、2歳のお子さんをどうやって育ててきたか。そういう時にどんなサポートがあったら良かったのか、そういったようなお話を伺いたいと思います。
足立(英文):子どもが生まれたのは、今2歳なので2年前ですが、それまで2人とも札幌にいて、その年の4月から北見の赤十字病院に異動になりました。2人とも同じ科で同じ病院勤務ということで、夫婦として便宜を図りやすかったので、生まれるまでは、あまり困ったことはなかったです。妻の分娩も自分でやりましたし、そこまではすごく良かったと思っています。ただ、産後に関しては、北見には僕も妻も親戚は当然いませんし、子どもはすごく丈夫なので、あまり熱とか出しませんでしたが、それでも熱を出した時に誰か代わりにみてくれる人が当然いません。病院の託児所が結構いい所でしたので、夜遅くまで7時半とかそのくらいまで見てくれたこともありますし、同じ科なので、2人同時に手術に入っていることもあまりなかったので、お互い譲り合って片方が迎えに行ったり、協力してたつもりです。まあ、妻は分かりませんけれど。また、病院の月の分娩数が30件くらいで、医者が僕たちを入れて5人ぐらいいたので、あまり忙しくなかったというのが現実的には、やってこれた一番の大きな要素だと思います。  今年の4月から札幌に戻ってきて、子どもがいて2人の勤務先病院が違うという状態は初めての経験です。僕は大学に戻って、人がいないと言われていても、大学は比較的一般の病院に比べたらたくさんいますし、うちの妻の病院も常勤が2人しかいなくて大変ですけど、ここも、月間の分娩数が10件ちょっとで、分娩をたくさんやっている病院ではありませんので、この条件が大きく、やっていけるのかと思います。
足立(清香):北見にいた時は同じ職場なので、片方が見ている時には片方が仕事と、そんなかたちでやっていけましたが、札幌に来てからは別々の職場で、大学にいると出張2週間と当直で、月の半分ぐらいは夫がいない状態なので、夫がいない時の呼び出しとか、当番に入らなくてはいけない時には、実家が札幌にあるので、実家の母と父に助けてもらって、成り立っています。これが、札幌じゃなくて実家がなかったら、別々の職場だと大変かなと感じています。病院にいなければいけないという当直は、免除になっています。日直は、ここの病院に来た当初は入っていましたが、当番の体制を増やしたことで、今月から免除にしてもらっています。当番は月に、9〜10回くらいですけど、分娩数がそんなに多くなく、呼び出しが少ない病院なので、なんとか大丈夫です。
藤井:どんなサポート体制があったらよかったと思いますか。
足立(清香):やはり、院内託児所はあったほうがいいと思います。前の北見の病院でも、今の病院でもありますが、ないとなかなか難しいです。あと、病児保育は北見にはなくて、具合悪かったら、子どもは帰宅しなければならなかったので、保育業界も大変だとは思いますが、病児保育は必要だと思います。
藤井:サポート体制の中で病児保育は、ダントツに高いですよね。最近、院内託児所を持っている病院が増えてきていますが病児保育はなかなかできなくて、それがあれば働けるという人がすごく多いですよね。他に、先輩医師にこんなことを聞いてみたいというのはありますか。
和田:今のお話を聞いて、ちょっと希望が見えたというか、ちゃんとやってらっしゃるのだなと、すごいなと思いました。
佐藤:気休めになってしまうのですけど、勤務先を決める時に忙しさとか自分の生活に合うかということを考慮して、自分がやりたいことも勿論ですけど、忙しさとか、医師が常勤で何人いてとか、子育てしながらやっていけるかを考えながら選ぶというのは、すごく参考になりました。当番とか日直、当直とかも、常勤医師の数と交渉次第でなんとかなるのかなということも分かったので、あとは、私が医者になって子どもを生むまでに、院内託児所とか病児保育所がたくさんできたらいいなと思います。
藤井:北海道の病院の中で、院内保育所を持っている所は、30%と道新の記事にも出ていましたが、さらにどんどん増えてきています。清香先生が産婦人科の常勤医として行ったので、札幌社会保険総合病院は院内保育所をつくったと聞きましたけど、そうですか。
足立(清香):どうなのでしょうか。(笑)ここ1、2年で新しくできたとは聞いていますが、看護師も薬剤師も医師も預けられる施設です。
藤井:実は、今日は皆さんにぜひ知っていただきたいことがありまして、グッズを用意しました。これが、窓口のポスターです。この「女性医師等」の「等」は女性医師だけではないよということです。男性の医師であっても、自分のライフプランの中に、どこかで健康障害が出てきたりとか、あるいは留学をしたりとかブランクがあったりとか、そういうことが起きうると思います。そのような場合のために、支援相談窓口というのを作っています。今、全国都道府県でこういった相談窓口事業をしているところが、結構あります。これを、ぜひ知っていただきたいと思います。困ったことがあたら、チラシの専用ホームページにアクセスして下さい。また、是非こういった窓口事業があることを、皆さんのお友だちにも教えてあげて下さい。手術の時とか、急な呼び出し、今日のお話にも出てきたように、夫が月に半分ぐらいいないと、妻が1人で実家に連れて行ったりすることがあると思います。呼び出しがかかり緊急性が高い時に、実家までわざわざ連れて行けないですね。そういった時にも、支援相談窓口にアクセスして、あらかじめきちっとした信頼できる育児業者に登録して、サポートをしてくれるシステムもつくってあります。
 それから、復職研修支援、ブランクがある医師とマッチングをして、自分の働きたい病院に医師会が窓口事業を通して紹介する事業もあります。
 最後に、この「ドクタラーゼ」という冊子を紹介します。これは、日本医師会が学生のためにつくった冊子です。中のページを繰っていただくと、いろいろな記事が書かれてあります。行政のこととか法律のこと、女性医師のこと、あるいは地域医療のこと。医師会は、若い力や意見を大事にして、連携をとっていきたいと考えています。北海道医師会も、同じです。
畑:やはり、世代的なギャップはありますが、考えていることは同じだと思います。専門医でも地域の総合医でも、社会のために医師として尽くしたい想いはどちらも同じです。
 我々の時は、医局制度というのがありましたから、地方と医局を行ったり来たりして、それを3、4回繰り返して、その間に博士論文を作り、作り終わったら天の声が「畑、どこそこに行ってくれ」と言う仕組みだったのですけどそれが崩壊した。例えば、この前の天皇陛下の手術をされた天野先生は、素晴らしい病院を渡り歩いて専門的な技術を身に付け、一流の心臓外科医になれた。それは、やはり素晴らしいことですが、医局が崩壊しなかったらできないことだったと思います。
 ただ、いろんな問題が出てきて、1つは、僕の頃には、クラス80人のうち女性が5%ぐらいの4人です。今のような、20%から40%では女性たちの力を借りずして、現代の日本の医療の継続はできないと思います。しかも、女性だけが子どもを生み育てる。我々も助けますけど、妊娠できるのは女性だけですから、女性の性としての権利は譲れないところだと思います。結婚したくないという人は結婚しなくていいと思うのですが、結婚したいと思う人は、結婚して子どもを生み育てる権利を守ってあげなければいけない。こういうことが、大事な要素だと思います。ただ、そのためには男性医師も協力しなければいけないし、女性医師もモチベーションを上げていただかないといけないと思います。
 もう1つ問題になっているのは、昔は専門医というのは確かにありました。僕自身も専門医ですけど、地方と大学を3回も4回も往復したら、5、6年経ちそれなりの総合医になるわけです。それから研究活動に入って、僕は内分泌をやっていますので、内分泌のスペシャリストになって、それから胃のスペシャリストになって、そして研究者としての道を歩みました。ところが、現在はそうではなく、2年経ったらすぐ専門医の道を歩むようになっていますから、あまりにも専門志向が強すぎて総合医がいなくなってきた。笑い話ですけど地方で、ある先生が胃がんになって手術をしなければいけなくなった時に、誰々君行ってくれと言ったら、誰々君は、「僕は何々しかできないから1人で行けません。誰か、呼吸器と循環器と消化器の人と一緒に行ってもらわないと、そこを手伝えません」と言うわけですね。それじゃ困るわけで、やっぱり総合医としての力を付けてから、専門医としてのレベルを上げていかなければいけないなと思っています。従って、今後は総合医と専門医の問題をどうしていくかということが大きくなっていくと思います。
 40年、50年のギャップがあっても、夢は同じです。人間の命を助けるというのは崇高なことです。どんな形でもいいですから、基礎の研究者であってもいいし、臨床の研究者であってもいい。地域の総合医であってもいいですから、夢をぜひかなえてほしいと思います。女性の人は、特に立派な子孫を生んでいただいてほしいと思います。
 先日、日医の男女共同参画フォーラムが富山県で開催されたのですが、その時の報告に、男性医師の配偶者の25%が女性医師で、女性医師の配偶者の70%が医者なのです。ですから、男性医師の場合には、割と働きやすい環境にあるのですけど、女性医師の場合には、7割が男性医師ですから、やっぱり今は、医師不足だし、医師の偏在もありますから、どうしても男性医師が仕事に熱中せざるをえない状況で、家庭を見ることができなく、「イクメン」「カジメン」ができないのです。医者の数は、ここ3年で1,300人ほど全国的に増えていますけど、まだ、専門分化が非常に進んでいますので、数自体を多くしていかなければいけないなと思います。最後に思ったことは、やはり、夢は同じだなということです。ぜひ頑張っていただきたいと思っています。

学生の皆さんには当日言い足りなかったご意見等を書いていただきましたので、ここに掲載いたします。

志よりも
北海道大学医学部5年 房 田 卓 也
 座談会の中で、自分は結婚について具体的に考えたことがないと発言しました(ただ子どもを育ててみたいと思うことはあるので、できるなら自力で産みたいくらいです)。またその時に、卒業後のキャリアについて不安を抱きつつ色々なことを考えているとも申しましたが、これは具体的には決めていないことの言い換えでもあります。研究での成功、医局での力などを求めるライフプランには魅力を感じません。ただ何も考えていないと思われるのもいやなので、少し弁明をさせていただきたく思います。
 大学や名のある研修先で長年研鑽を積み、あるいは研究を重ね有名雑誌に論文を載せ、ある分野の第一人者になることを目指すのは、非常に立派ですが、そればかりが生き方ではないと思います。加えて、明日をも知れぬ身なれば、先の計画ばかり考えても仕方ないと思えてならないのです。先のことよりも今のことに目を向けたい。目の前にいる患者さんの今と真剣に向き合いながら、今を生きたい。そうすることが未来にもつながると思います。もちろんやるからには一流を目指し、努力を怠らないのは当然のことであり、その方向性が違うだけです。
 「地域医療に従事するつもりがあるか」という質問に対しては、肯定の意を示しました。それは北海道の地域医療を再生したいなどという大きな志よりも、単純に向いていると思うからです。自分は自分にできることをやりたいので、そのための場として地域医療を選ぶことを考えたいのです。
学生である現在も、先よりも今を見て生きたいと思っています。勉強、実習はもちろんのこと、本を読むこと(医学以外のものでも)や人と話すこと、例え遊ぶことであっても、今の時間でできることを大切にしたいのです。卒後の研修先、その後の勤務先、非常に不安に思います。しかしながら、今思い悩んだところで詮無いことです。今という瞬間と向き合いながら道を開いていくしかないと思っています。

医学生との座談会
北海道大学医学部4年 和 田 莉 奈
 この度は、「医学生との座談会」に参加させていただき、自分がどのような医師になりたいのか、また、男性であっても女性であっても医師を続けていくための職場体制とはどんなものであるのかなどを、改めて見つめ直すことができました。
 現在、医学生における女性の割合が徐々に増えていることから、今後医師における女性の割合も増えてくるであろうことは間違いなく、女性医師が出産や子育てを諦めたり、逆に出産や子育てのために仕事を続けられなくなるということはあってほしくないと思います。私自身も、将来は仕事と家庭生活を両立させていくのが目標です。今回色々なお話を聞いて、そのためには夫婦間、さらには互いの父母の理解と協力を得ることが必要であると、よくわかりました。また、職場である病院に出産、育児への理解があることは絶対に必要です。確かに女性医師が子育てを満足に行いながら、バリバリ仕事もこなすというのは難しいのかもしれません。しかし、女性医師が医師であるとともに女性であり、産休をもらって出産をし、出産後も職場に通いながら子育てを行っていくことを認めてくれる職場が、これからもっと増えていってほしいと思います。例えば子育てのために、仕事をする日数や勤務時間を少し減らしてもらえたり、院内に保育施設のある病院です。また、仕事と家庭生活を両立させている医師が周囲に増えてくれば、自分もできる、がんばろうと思える人も多くなるはずです。私も将来、医師としても母としても頑張って、そんな前例の一人となりたいと思います。

座談会に関する意見・感想
札幌医科大学医学部5年 串 間 孝 朗
 今回、このような会に参加させて頂き、有難うございました。他大学の医学生や医師会、先輩医師の方々と話し合う事のできる機会は大変貴重であり、また、地域医療やキャリアアップ・医師の結婚・出産の問題などについて、いかに自分がなにも考えずに過ごしてきたかという事を痛感しました。
 働く女性が増え、少子化も進むこの世の中では、女性の仕事と子育てを両立していくことを職種を問わずしっかり考えていかなくてはなりません。特に医師という職なら尚更です。その中で北海道に女性医師の会があり、しかも積極的に活動していらっしゃるのは、大変心強く感じました。今後、世の中に仕事と子育てを両立する医師が、男女問わず増えていくことでしょう。私ももし困った時には頼りにしたいと思います。
 また、北海道の地域医療に関して、各大学で地域枠を作ったり、枠の定員を増やしたりなど、様々な対策が取られました。私は札幌医科大学の地域枠の1期生として入ってきましたが、まだ卒業生のいないこの制度は、様々なことが不確定・未決定であり、医師の方にどれほど認知されているのかもよく分からないため、正直不安だらけです。北海道の地域医療問題に限らずその他の問題に関しても、様々な対策を取るということは大切です。しかし、新しい制度に属する人間には必ず不安があり、制度の完成度や定期的なフィードバック、そして何よりまわりの人からのフォローを必要としている事を知って頂けたらと思います。
 5年生ともなると卒業までの1日1日がとても貴重であり、つい毎日を充実させることしか考えなくなってしまうので、今回の座談会をいい機会に、将来の事をよく考えていきたいと思いました。
 最後に、おいしいお料理ごちそう様でした。

北海道医師会医学生との座談会の感想
旭川医科大学医学部2年 潮 田 亮 平

 今回の話し合いについてですが、私のなかで職場の人々や患者さんが、女性医師が産休や育児休暇をとることをどのように感じるのか。行政側でどのようなフォローがなされているのかということについていくつか疑問が残る形で話し合いが終わってしまいました。

 僕たち学生(特に男性)は「結婚はまだまだ先のこと。」などと、自分のキャリアがどうなっていくのかということを考えている人はあまり多くはありません。しかし、働きながら子育てをしやすい環境というのは、どんなに素晴らしい制度があるよりも職場などの周囲の理解を得られることが一番良いと思うので時間はかかると思いますが、大学の授業等でみんなが就職や子育てなどについて考え、知る機会がもっと増えればいいと感じました。
医学生との座談会に参加して


旭川医科大学医学部4年 鈴 木 美 紗
 今回「医学生との座談会」に参加させて頂いたこと、本当に感謝いたします。北海道医師会、また北海道保健福祉医療政策局の皆さま、また子育て中の医師のご夫婦からお話しを聞けたこと、他大学の医学生の意見が聞けたこと、本当に貴重な経験でした。テーマがキャリアアップと人生設計ということで、結婚や地域医療、自分の人生設計について、学生としての率直な意見や疑問を伝えることができました。このような学生の意見を吸い上げてくれる機会が増えると、学生としても自分の将来への不安を払拭することができ、より一層自分の描くキャリアプランを追求することができるようになるでしょう。
 地域医療についてでも、経験してみることで興味関心が深まるという趣旨の発言をしましたが、それと一緒で、すべては「百聞は一見にしかず」、自分の将来のキャリアプランも先輩医師からの実際の体験談やご意見をきくことが、一番効果的であることは間違いありません。自分のロールモデルとなるような先輩と出会うこと、今回はそのきっかけになったように思います。
 自分は女性だということもあり、将来、仕事と出産や育児の両立ということについて、不安は多々あります。今回も先輩ご夫婦のお話を聞いて、やっぱりまだまだ難しいところはたくさんあるのだなと率直に感じました。けれどそのような中で、様々なかたちの支援体制がどんどん出来上がってきていることを今回の座談会では知ることができました。今後このような支援体制が、広く周知されその利用が増えることで、自分たちやその後輩たちも、安心して出産や育児とキャリアプラン、どちらも譲らない人生設計ができるようになるのではないでしょうか。
 時代の移り変わりで、不安要素や希望などは変わってくるのでしょうから、このような座談会が今後も続き、たくさんの医師の卵たちが大きく羽ばたくきっかけとなることをお祈り申し上げます。


IFMSA-Japan代表
北海道大学医学部5年 山 本 祥 太
 まず、「地域医療は自己犠牲である」という意識が改革する側にある以上、大きな変化を期待することはできないと私は考えます。現代では(も)、医学部生は純粋で献身的な者が多く、大変な状況だと言われている地域の医療に飛び込んで行きたいと口にする者が実は少なくありません。しかし、具体的な選択に迫られた時、「自分を高めることのできる環境なのか」「家族との時間を取ることができるのか」考え、「犠牲になること」に躊躇してしまいます。これは「最近の若者のけしからん傾向」では決してなく、人間らしい充実した生活を送る権利を与えられた全ての人間にとって当然のことであります(楽をしたいという考え方とは異なります)。地域で働くことが「自己犠牲」ではなく、働く利点のある環境と捉えてもらう必要があります。例えば帯広厚生病院が地域の病院であるにも関わらず人気があるのは、指導体制が系統立っており、人間らしく家族との時間も大切にできる制度が整っているためです。
 地域の医療に、系統立った指導体制が存在せねば人は来ません。通信連絡設備にも惜しみなく投資し、大学や他の病院に勤務する医師との関係を深めるべきです(ただし短期間だけ周ってくる人間に対しては指導する気が起きないと言う現場の上級医の気持ちを考えるべきです)。また、結婚や子育ても仕事と同じくらい一所懸命に行える環境も必要です。多くの女性医師が結婚により職場を離れてしまう理由は、産休・育休に対する職場の理解の希薄さ(制度のみならず意識の改革も必要)や、子育てとの両立が難しいことです。いつでも空いた時間に子どもと会える環境が院内にあると安心です。これは男性医師にとっても同じです。さらに、地域医療に貢献したことによって、賞や特別な肩書きが与えられると、モチベーションにつながるかもしれません。そうして出来あがった良いところを、積極的に全国の、特に学生にPRしてゆくべきと考えます。

IFMSA-Japan SCORA(性と生殖・AIDSに関する委員会)北海道地域責任者
北海道大学医学部4年 佐 藤   彩
 子供は守るべき存在です。子育ては、単に子供の排泄や食事の世話さえできればいいというものではありません。一緒に遊んだり、絵本を読んであげたり、外出していろんなものと触れ合わせてあげたりというところこそ、一番大事なんじゃないかなと思っています。
 私は、子育ても絶対大切にしたいし、でも仕事も大切にしたい。だから職場の仲間や上司の理解と協力と、利用しやすい制度や施設が必要なのです。ですが、いくら職場が「理解」をしていても、人手が足りないとなれば育児休暇・短時間勤務制度を利用することは難しいと思います。少しの間なら両親や親戚に任せることはあっても、やはり自分の子は自分で面倒を見たい(3歳未満の子なら特に)というのが親心でしょう。ですから、働く親が子としっかり触れ合って、素晴らしい次世代を育てられるように、半強制的にでも育児休暇・短時間勤務制度を利用させるくらいのことをしてもよいのではと思います。
 仕事を続けていきたい・子供もほしい女性の医師にとっては、人手不足で施設も少ない地方の医療に携わるのはとても難しいことかと思います。子育てのためのインフラが不十分なところより、少しでも設備のある都会にでて仕事も家庭も両立したいと、多くの(特に女性の)親は思うはずです。環境が都会よりもよく整っている地方ならそこで子育てしたいという家庭も増えるかもしれませんが。
 また、こちらは男女問わずですが、「地域医療に関心のある人を待つ」のではなく、「短期間でもいいから地域医療に関わらせる」という強制的な手段も必要かと思います。地域での実際の医療がどんなものかわからないのに、地域医療を志す人は少ないのではないでしょうか。そういった「食わず嫌い」の医師・医学生に現場を体験させることで、地域医療に関心のある若者が増えるのではないかと思います。

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