医師の働き方改革への対応セミナー ―医師が健康に働き続けることができる環境整備のために―
医師の働き方改革への対応セミナー
―医師が健康に働き続けることができる環境整備のために―
令和6年(2024年)2月3日(土)15:30〜18:00
札幌プリンスホテル国際館パミール3階「大沼」(Web併用)
常任理事・医療関連事業部長 水谷 匡宏
講師に講師に、元厚生労働次官で制度創設当時、医政局長を務められた吉田学氏をお招きしたほか、社会保険労務士や北海道労働局など多方面から貴重な話を聞くことができた。
会場からのLIVE配信によるWeb併用で、病院長をはじめとした医療関係者189名(会場144名、Web45名)が参加した。
講演
「医師の働き方改革を実装する中での地域医療」
講師 多摩大学研究所客員教授(元厚生労働事務次官) 吉 田 学 氏
〇「医療機関における働き方改革」検討に当たって
北海道は広域であり、医師の偏在があり、医療へのアクセスが困難な地域が多くある。医療スタッフの確保は困難で、今後の病院経営に危機意識を持っている病院関係者は多い。そうした切実な課題に対する万能薬は無く、結局は地域の中で話し合い、取り組みを着実に進めていくしかない。
働き方改革は、医師にとどまらない医療機関における働き方改革である。単に労働時間の上限を守ればいいという問題だけではなく、働き方そのものが問われている。また、働き方改革を進めることは、個々の病院や地域における従来の体制や業務を見直すことでもある。このため、個々の病院が地域においてどのような機能を果たし、どういう位置づけにあるかということが議論の出発点になる。場合によっては、現在果たしている機能を見直さなければならない。
院内の働き方を見直すことは、関連病院や大学病院との関係、診療所を含めた地域全体の医療提供の将来像を念頭に、制度変更に対応していかなければならない。令和6年(2024年)4月をどう通過するかという議論ではなく、今後新たなルールの下で病院運営の進捗管理を行うことをルーティン化する。年間上限年1,860時間まで認めるB水準、連携B水準は、2036年(令和18年)3月に解消することとされている。医師や医療スタッフの働き方の見直しは、一過性のものではなくルーティンとして継続し続ける必要がある。
働き方のルールの変化は、今後の人手不足への対応を含め、スタッフが働きやすい=選ばれる医療機関でなければ、どれだけ実績や管理者の想いがあったとしても、従来のような医療提供は継続できない。スタッフに選ばれる病院になるためにも、働き方改革の取組みは必要であり、それをどうやって支援していくかが問われている。
〇社会保障/地域医療・介護の改革の方向性
2040年(令和22年)に、団塊ジュニア世代(1971年〜74年生まれ)が高齢期を迎える。これまで日本では様々な少子化対策が議論されてきたが、結果として団塊ジュニア世代が人口コホート(集団)として大きな塊にはならなかった。これから効果的な少子化対策が講ぜられたとしても(出生数が上昇しても)、向こう20年は現在の人口構成を前提に物事を検討していかなければならない。
現役世代の人口が急減し、より多くの方に働いてもらう必要がある。健康寿命の延伸にも引き続き取り組むが、究極は、より少ない支えでも医療・福祉の提供体制を維持できる現場をつくることが大きなテーマとなる。単純な効率化ではなく、人材をしっかり確保してサービスの質を高めていくことが求められる。そのためにも、働き方改革や処遇改善、医療DXの推進が必要である。
医師は全国で毎年9,000人増えているが、目の前には医師はいない。医師の地域偏在が是正されない中で、働き方改革を遂行すると、地域における医療提供の総量は減らさざるを得ない。医療提供側だけでなく、地域住民や患者との間でコンセンサスを得て正しい理解のもと、少しでも望ましい方向に変えていかなければならない。今後は、コロナ禍の経験や医療DXを展開し、オンライン診療や遠隔医療等を活用して医師がいない地域に医療を提供していく。
〇医師の偏在是正
地域における医師や診療科偏在の是正に向けて、大学では地域枠を設定し、地域では医師少数区域の仕組みが活用されてきた。北海道の人口10万人対の医師数は、二次医療圏ごとにみると札幌圏域や上川中部圏域(旭川市を含む)以外は全国平均より少ない。外来についても同様のことがいえる。国際福祉大学の高橋泰先生が取りまとめた日医総研のワーキングペーパーによると、2016年(平成28年)から2036年(令和18年)の間に、病院も診療所も医師の年齢が上がっていく。地域医療を支えている診療所の医師は、高齢で、後継者がいない。その地域の5年後10年後にどういう形で地域医療を展開し、支えてもらえるかを正確に見通していくことが必要である。病院の視点からも、地域の診療所の医師と病診連携(紹介・逆紹介)をどのように維持していくのか検討する。医師の地域別・診療科別の偏在是正は、制度の活用や本人の理解を得ながら進めていく。地域枠制度の運用や専門医制度の都道府県別の上限設定等があるが、すぐに解消できるものではない。同時に、地域での医師や医療スタッフを確保し、定着を図っていくことが喫緊の課題である。
〇医師・医療従事者の働き方改革
2024年度(令和6年度)の診療報酬改定は「プラス0.88%」となった。医療費の47%は人件費であるが、今回の改定は人件費の増(処遇改善)に対応した、使い道の決まった引き上げである。実際に人件費の増につながったのか事後チェックされる。個々の医療機関からすると、これでもまだまだ財源が不足しているという声があるが、一応配慮はされている。ただ、待遇が改善されたとしても、実際に働く人が地域にいるのかが問題である。
女性医師は、医師全体の約2割である。2022年(令和2年)の時点でみると医学部の4割が女性である。女性医師が病院の中でどのように働き続けていけるか、選ばれる医療機関になれるかどうかが重要である。人が確保できるかどうかで、医療提供体制は大きく変わっていく。
「労働時間短縮計画」は、策定して終わりではなく、それを見直し、運用していく。
「面接指導」は管理者に義務付けられる。月100時間を超える時間外労働を行った医師を把握して、面接を実施するための研修を受講した医師を確保し、適切に対応していくことが求められる。タスクシフト・シェアは、医師の仕事を振られる看護師や医師事務作業補助者を含め、病院全体の余力があることや意識が統一されていることが重要である。シフト・シェアされる側に専門性・技術が備わっていることや、受けた業務分の待遇改善も必要となる。
〇医療・ヘルスケアDX
医療DXの代表的取組みとして、マイナンバーカードがある。健康保険証と一体化して各自にIDを付与する。実務的に様々な課題があるが、将来、情報を共有するためのプラットフォーム構築や電子カルテの標準化と中小病院への無償配布、遠隔医療への活用やセキュリティ対策を強化して、社会に実装する取組みが進められている。今回の改定ではベンダー側との間で共通理解があり、一方だけが得をするような一過性のものとはならない。
これまで紙媒体で処理していたデータや仕事をデジタル化するということではなく、働き方改革をはじめとする地域の医療提供体制を変えていく。それを支えるために、DX技術を活用し、地域住民が不利益を被らないようにする。もちろん、製薬会社や研究者のように、データに付加価値をつけるために活用する場合もあるが、大きい話では地域内で連携することである。PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)のように、これまで医療機関が保有していたデータ(電子カルテ等)を個人が管理し、可能であれば地域で連携する。DXのためのDXではなく、社会で活用できるDXを導入していく。限られた財源を活用して自院のDXを取り込んでいかなければ、地域全体の中で医療の提供が厳しくなっていく。
シンポジウム「職員全員が活躍できる職場環境をつくる」
(1)「働き方改革における適切な労務管理について」
講師 社会保険労務士法人オフィス小笠原札幌事務所
社会保険労務士 木村 光 所長
労働時間管理は、すべての労務管理のスタートで肝になる。適切な給与を支払うためにも労働時間を適切に把握していく。就業状況を適切に把握して、過重労働の防止や健康確保、有給の適切な取得に向けて、労働時間を管理していく。労働時間を守るということは、コンプライアンスの遵守と健全な経営に繋がる。
経営の四要素(ヒト・モノ・カネ・情報)のうち、モノ・カネ・情報をDX化しても、
それを運用するのはヒトであり、適切な人材マネジメントが求められる。ヒトを大事にすることが、医療機関に限らずすべての企業において重要である。ヒトを大切にしていない企業は苦労している。ヒトの出入りが激しく無用なトラブルが発生している。
〇医師の働き方改革
医療現場における働き方改革のカギは、タスクシフト・シェアである。看護師をはじめ他職種による支援が必要であるが、受け手側も自分の仕事を抱えている。医師の負担軽減のために、各職種の業務整理を検討しなければならない。成功のカギは、多くの職種の協力が必要であることを強く認識し、気持ちよく協力してもらうために、組織や仲間を大切にする気持ちを育てることである。業務命令だけではうまくいかない。
〇医療業界は「感情労働」の世界
医療業界は「感情労働」(相手に対して自分の感情をコントロールすることが求められる労働=我慢や忍耐が必要不可欠である労働)の世界である。自分が個人的に悲しい状況にあっても、患者に治療で良い結果が得られたときには一緒に喜ぶ。「感情労働」は上司と部下の関係でも発生し得る。医師に気持ちよく働いてもらうために、看護師や他職種が忖度する場合があるかもしれない。「感情労働」によって引き起こされる問題として、仕事のストレスが回復しにくい、精神的ストレスが解消しにくい、精神疾患に罹患する可能性が高まる、バーンアウト(燃え尽き症候群)により仕事に対する満足感や熱意を失い仕事の質が低下すると離職に繋がる、無気力状態に陥り、社会に適応できなくなってしまう。他職種が気持ちよく仕事をする(タスクシフト・シェアの受け手となる)ために、この方たちを守らなければならない。
〇エンゲージメントとバーンアウトの関係
バーンアウトとワーク・エンゲージメントは対極の概念である。エンゲージメントが向上することで、他部署(他職種)との連携やコミュニケーションが改善し促進する。したがって、エンゲージメントの向上に取り組む必要がある。エンゲージメントは、ワーク・エンゲージメント(学術的分野)と、従業員エンゲージメント(実務的分野)に分類され、今回を含めて一般的には従業員エンゲージメント(実務的分野)が議論の対象となる。
〇エンゲージメントとその向上効果
エンゲージメントとES(従業員満足)の違いは、ESは労働条件や待遇、福利厚生など制度に対するもので、一方的な関係性を確認するものである。エンゲージメントは、自社への愛着感や信頼感を持っている、自社の経営理念や方針に共感を持っている、自分の役割を超えた行動を取る、現在の会社にとどまりたい(愛着)など、会社とそこで働く人との双方向の関係性を高めていくことである。
エンゲージメントが向上すると、自己肯定感や自己効力感が高まり、内発的モチベーションがアップする効果がある。仕事や組織への挑戦意欲が増し、主体的に努力し自律的に成長するようになる。個人レベルでは、人間的成長や、生きがい・働きがいの向上、眠っていた潜在能力を発揮していく、心理的安全性が向上していく効果が期待される。組織レベルでは、パフォーマンスが向上し、コミュニケーションも向上する。社員は定着し、メンタルヘルスも向上していく。不祥事は抑制され、ハラスメントの防止につながる。医療安全の観点からも、エンゲージメントの向上は、人間関係やコミュニケーションの円滑化に貢献する。心理的安全性は、組織の中で、何を発言しても批判・叱責されない状況にあることから、自分の思った事を自由に発言できる。否定されず、意見の違いがあっても折り合える。心理的安全性を高める組織づくりのため、エンゲージメント向上の取組みが必要である。
医師の働き方改革は、医師の健康確保と長時間労働の改善を目的に行われる。医師の自己犠牲の上に成り立っている医療提供体制を改善するためには、適切な労務管理と職場環境の整備が重要となる。人材マネジメントの世界に、A&R(アトラクションアンドリテンション)という言葉がある。人材を引き寄せ(アトラクション)、引き留めて定着させる(リテンション)という考え方である。エンゲージメントが向上していくと、良い人材は定着する。病院の好事例が評判になれば、いい人が集まってくる。医師の働き方改革の時間外労働上限を守ることと同様に、ヒトを大切する組織づくりにも取組んで欲しい。
(2)「36協定の締結と届出等について」
講師 北海道労働局労働基準監督部監督課 河合 博文 課長
〇時間外労働の上限規制の概要
2024年(令和6年)4月から、医師に時間外労働の上限規制が適用され、医師の健康を確保するためのルールが導入される。2018年(平成30年)7月に公布された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」により改正された労働基準法により、一般労働者の時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間とされた。臨時的に特別な事情があり、特別条項を締結する場合であっても年720時間、休日労働を含め単月100時間、複数月平均80時間以内とされた。限度時間を超えて延長できるのは6か月が限度である。医業に従事する医師については、2024年(令和6年)3月まで適用が猶予されており、そのうち「特定医師」については4月以降も特例が設けられる。
〇医師の働き方改革の概要
医業に従事する医師のうち、病院、診療所、介護老人保健施設等に勤務し、診療を目的として行う業務に従事する「特定医師」は、時間外休日労働は原則として年960時間が限度となる。医療機関が地域医療の確保等の必要から、やむを得ず所属する医師にこれを上回る時間外・休日労働を行わせる必要がある場合には、その理由に応じて都道府県知事から特定水準の指定を受けることで、時間外休日労働の上限を年1,860時間とすることができる。また、健康確保のためのルールとして、長時間労働による疲労の蓄積予防の観点から、退勤から翌日の出勤までに原則9時間空けるなどの「勤務時間インターバル制度」、1か月の時間外休日労働が100時間以上の長時間労働が見込まれる場合の「面接指導制度」が新たに設けられた。
〇「特定医師」の定義
労働基準法上の医療に従事する医師と、医療法上の「特定医師」の違いについて、これまでの適用猶予対象は、医療に従事する医師全般だったが、今後、医師の上限規制の特例の対象となるのは、医業に従事する医師のうち、病院、診療所等に勤務する「特定医師」のみとなる。歯科医師は、既に一般労働者の時間外労働の上限規制が適用されている。「特定医師」以外の医療に従事する医師、例えば、血液センター等の勤務医は2024年(令和6年)4月からは、一般労働者の時間外労働の上限規制が適用される。
〇36協定の締結・届出
労働基準法第36条に基づき、週40時間(10人未満の医療機関については週45時間)、1日8時間の法定労働時間を超えて時間外労働を行わせる場合、または法定休日に休日労働を行わせる場合は、使用者と労働者代表の間で労使協定(36協定)を締結し、所定の様式で所轄の労働基準監督署に届出なければならない。36協定を締結する際には、対象期間における延長して労働させることができる時間等を定めることとしている。延長することができる労働時間は、原則として月45時間以内、年360時間の限度時間の範囲内とする。ただし、臨時的に特別な事情がある場合は、1か月の時間外休日労働を100時間未満、医師以外は時間外労働時間を年720時間以内、医師は時間外休日労働時間をA水準、連携B水準は年960時間以内(※)、B水準、C水準は年1,860時間以内の特別条項を定めることにより、その時間までは限度時間を超えて労働させることができる。時間外休日労働の合計が、月100時間に達する前に面接指導を実施し、労働者に健康確保措置を講ずる旨を定めた場合は、医師の1か月の上限規制は適用されず、年の上限のみが適用される(※)連携B水準の場合、1医療機関での上限は年960時間以内であるが、派遣先を合算
した場合の上限は年1,860時間以内までとなる。
〇上限規制の内容
時間外休日労働に関する規制は、36協定の特別延長時間の上限(副業・兼業の有無にかかわらず自らの医療機関における時間外休日の時間のみ)の範囲内とする必要があるものと、「特定医師」個人に対するものがある。具体的には、連携B水準の部分が36協定では年960時間、個人に対しては派遣先と合わせて年1,860時間というところが変わってくる。「特定医師」個人の副業・兼業先の医療機関における時間外休日労働と、自らの医療機関における時間外休日労働を合わせた時間数を、上限の範囲内とする必要がある。
〇副業・兼業
36協定は医療機関ごとに延長時間を定めることから、副業・兼業の時間は通算されない。一方、「特定医師」個人に対する時間外休日労働の上限は、個人の実労働時間を規制するものであることから、副業・兼業の時間を通算して適用される。自院又は副業・兼業先で特例水準が適用されている場合には、その医師個人には特例水準の時間外休日労働の上限が適用される。ただし、特例水準やA水準の医療機関に勤務する場合でも、A水準における医療機関の時間外休日労働は、そこの36協定の範囲内にする必要がある。
面接指導は、労働基準法規則、医療法、安全衛生法にそれぞれ規定されている。管理者は、時間外休日労働が月100時間以上となることが見込まれる「特例医師」に対して、面接指導を実施しなければならない。面接指導が行われないまま「特定医師」に月100時間以上の時間外休日労働を行わせた場合には、労働基準法違反になるので注意してほしい。
面接指導は、管理者が長時間働く医師一人一人の健康状態を確認して、健康確保のため必要に応じて就業上の措置を講ずることを目的として行われる。面接指導の実施主体は管理者であるが、実際に面接を実施するのは管理者以外で講習を終了している者である必要がある。
面接指導は月の時間外休日労働が100時間以上となる前に実施する必要がある。A水準の医師へは、疲労の蓄積が認められなければ100時間以上となった後に遅滞なく実施することも可能である。自院と副業・兼業先の医療機関の労働時間を通算して1か月100時間以上の時間外休日労働が見込まれる場合には、面接指導を実施する必要がある。基本的には医師が勤務しているすべての医療機関に面接指導を実施する義務があるが、勤務している一つの医療機関で実施して、面接指導の結果を他の医療機関に提出することで、その医療機関でも実施済みとして取り扱うことができる。面接指導を実施する医療機関は、特例水準の医師として勤務しているか、あるいは正規雇用か否かなどを踏まえ、「特定医師」と医療機関との間で相談の上で決定する。
◇
シンポジウムでは「北海道医療勤務環境改善支援センター」の広報の後、講師全員と参加者との間で活発な意見交換が行われた。
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「医師の働き方改革」は、今後、地域医療にどのような影響を及ぼすのか、当会としても引き続き注視していく。
最後に主催者を代表して、本講習会の講師の方々に謝意を表します。