復職支援サポート

ご相談内容に応じた、アドバイスをいたします。
例えば、こんな気持ちの時・・・

・仕事と育児の両立ってよく聞くけど、「いざ自分が」って考えるとちょっと・・・
・仕事に復帰したい気持ちはあるけど、育児と家事でいっぱいいっぱいだし・・・
・出産後いずれは復職したいけど、じゃあ実際どうすればいいの?
・妊娠中に働くって、まわりの先生(医師)の負担になってしまうのかな・・・
・医者をしながら育児って本当に大変!もう仕事辞めて育児に専念しようかなぁ

わたしたちに、ご相談ください。

コーディネーター

コーディネーター

北海道医師会医療法人社団深仁会
ふかざわ病院

深沢雅則

北海道医師会カレスサッポロ
時計台記念病院

藤井美穂

北海道医師会医療法人社団
美園いとう内科

伊藤利道

北海道医師会医療法人豊明会
木下病院

北野明宜

札幌市ほしい小児科・
整形外科

星井桜子

札幌市ちあき内科・呼吸器科クリニック

濱松千秋

札幌市とも耳鼻科クリニック

新谷朋子

札幌市特定医療法人社団慶愛会札幌花園病院

柏木理絵

函館市湯の川女性クリニック

小葉松洋子

小樽市本間内科医院

澤田香織

岩見沢市岩見沢市立総合病院

藤根美穂

旭川市市立旭川病院
(嘱託医)

安藤敬子

旭川市医療法人社団丘のうえこどもクリニック

坂田葉子

釧路市医療法人社団功仁会足立皮膚科美容外科クリニック

足立柳理

札幌医大札幌医科大学医学部解剖学第二講座

永石歓和

札幌医大札幌医科大学医学部泌尿器科

西田幸代

深澤雅則

北海道医師会医療法人社団深仁会ふかざわ病院
深澤雅則

出身地北海道岩見沢市

出身校国立弘前大学昭和48年卒業

整形外科(日本整形外科学会専門医)

野菜づくり、音楽鑑賞、絵画、ゴルフ

私の妻も産婦人科医で、子供の出産、育児の頃は札幌天使病院に勤務していました。
当直が週2回も有り、私が離乳食を食べさせたり、その間面倒をみていました。私も妻も今までほぼ休む事なく、現役を続けています。女性医師が働き続けるためには、周囲の協力が是非必要です。
とても苦労したのは、収入が多いという事で子供が認可保育園に入れてもらえなかった事です。30数年経っても状況は余り変わっていません。

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藤井美穂

北海道医師会カレスサッポロ時計台記念病院
女性総合診療センター
藤井美穂

出身地札幌市

出身校札幌医科大学医学部1981(昭和56)年卒業

産婦人科(日本産婦人科学会認定医)(日本臨床細胞学会細胞診専門医)

山歩き・ガーデニング

母校の産婦人科教室初の女性医師でしたので、地方出張、当直などすべて男性医師と同じ業務をしてきました。大学院の卒業論文を抱えていたこともあり、出産後も3週間で完全復帰しましたが、無理をしていたなあと思います。夫のアルバイト病院の保育室、幼稚園、両親、夫のサポートで子供は大きくなり、今はヘルパーさんに支えられながら、妹と協力して、母を在宅介護しています。好奇心の連続で、わくわくしながら仕事を続けてきました。世の中捨てたもんじゃない、必ず道は開けるもの、と確信しています。医師というすばらしいプロフェッションを一緒に歩んでいきましょう。

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伊藤利道

北海道医師会医療法人社団美園いとう内科
伊藤利道

出身地北海道苫小牧市

出身校北海道大学昭和58年卒業

消化器内科(学会専門医)

ゴルフ

どんな経験も無駄にはならない
患者さんは自分の身内だと思って診察する

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北野明宜

北海道医師会医療法人豊明会木下病院
北野明宜

出身地函館市

出身校北海道大学昭和43年卒業

精神科(日本精神神経学会専門医)

屋外スポーツ

モットー 職業柄、人の話に耳を傾け、誠実に対応する。

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星井桜子

札幌市ほしい小児科・整形外科
星井桜子

出身地札幌市

出身校札幌医科大学1978年卒業

小児科一般、小児腎疾患・膠原病・透析・移植

腎移植推進活動、水泳

長らく病院勤務を続けてきましたが、平成24年4月に開業いたしました。勤務医も開業医もどちらもおもしろいです。

出産・育児に対する支援体制は徐々に整いつつあり、当たり前に受けることができるようになってきていると思います。しかし、やはり、仕事をしながら子育てをすることは容易ではありません。仕事と家庭生活の両立に不安をお持ちの方、復職になかなか踏み切れない方にお願いです。実際、どのような情報、どのような支援を必要とされているでしょうか?ぜひ、私たちに教えていただければと思います。また、今はとくに困っていないがこうしたほうがいいという、ご意見などもお待ちしています!

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濱松千秋

札幌市ちあき内科・呼吸器科クリニック
濱松千秋

出身地北海道

出身校札幌医科大学1984年卒業

呼吸器内科(日本呼吸器学会専門医)

音楽鑑賞、ドライブ

モットー
1、しないで後悔するよりして後悔した方が良い
2、継続は力なり
大学に入学した時、同級の男子学生に「お前が入学したために、未来の男性医師一人が涙をのんだのだぞ」と言われ、自分の責任の重さを感じた。
大学の医局入局を検討していた時、「女性はいらない」「入局しても(男性と)同じような扱いは出来ない」等々を耳にして、医局入局の難しさを感じた。
上記のような圧力を感じたため、出来るだけ男性医師と同等の活動をしていこうと決心した。まず呼吸器内科に入局したが、癌のメカニズムを勉強したくなり、がん研分子生物講座で大学院生として4年間学んだ。その後呼吸器内科の医局に戻ると地方の基幹病院への出張を命ぜられたので、5年間みっちりと地域医療の現場でトレーニングを受けた。特に道東方面の病院では内科一人体制の病院もあり、それこそ今で言う総合内科医のような働き方をしていた。
5年間の地方出張の後、縁があって札幌市内の民間病院で呼吸器内科の立ち上げで就職し10年間勤務。同院で行っていた訪問診療を自分のクリニックでしたくなり、2002年に開業し現在に至る。

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新谷朋子

札幌市とも耳鼻科クリニック
新谷朋子

出身地札幌市

出身校札幌医科大学昭和62年卒業

耳鼻咽喉科(耳鼻咽喉科学会専門医)

スポーツ

卒後札幌医大耳鼻科咽喉科で勤務していましたが、平成22年に開業しました。
大学勤務中は出張や当直、手術なども区別なく行ってきましたが、勤務と子育てを続けてこられたのは、主人や両親・子供たちなど家族の支援、職場の理解が必要でした。
9年前から藤井美穂先生の後任として北海道女性医師の会の事務局をしています。事務局として医学生や研修医、また仕事を継続されている先輩の女性医師たちとも知り合いになり、新しい世界が開けています。
子育て中は100%の仕事はできず、休む期間があっても仕事を継続することによって医師としてのキャリアを作っていくことが大事です。学生時代の夢を継続して、医師としての仕事とプライベートも大きく実現できるようにサポートしていきたいと思います。

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柏木理絵

札幌市特定医療法人社団慶愛会札幌花園病院
柏木理絵

出身地幕別町

出身校北里大学医学部2000年3月卒

精神科

旅行、映画、マリンスポーツ

女性医師等支援相談窓口、という名前から感じることは、育児、家事、介護はいまだ女性の役割だという一般的イメージが強いということです。
私は 2 か月の産休後復職し、現在小学 4 年生と年長さんの女の子達を育てていますが、復職前の日は不安で眠れなかったですし、「こんなに子供が小さいのに、お母さんが働いていて可哀そう」と言われ、「働く事が子供にとってどうなのか」と悩んだ時期もありました。 今は、元気に成長している子供たちを見て、また、自分自身が未熟ながら医師として働き続けられたことを感謝していますし、家族、職場の理解、保育園やサポートサービスの利用など周囲の助けがないとここまで来られなかったと思っております。
私たちの活動は、女性医師支援から、男性も積極的に当サポートを利用して頂ける環境づくりの第一歩と考えております。甚だ微力ではありますが、利用者の皆様のお手伝いをできればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

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小葉松洋子

函館市湯の川女性クリニック
小葉松洋子

出身地函館市

出身校弘前大学昭和63年卒業

産婦人科(日本産婦人科学会専門医)

旅行、映画、読書(ですが時間がなくてままならず)

座右の銘
予防に勝る治療なし
妊娠、出産、育児は「未知との遭遇」でした(ちょっと古いか)。
冬至に第1子を出産し、夜が長く外出もままならない季節で、おもいっきりマタニティブルーになり、職場復帰して少し気が楽になりましたが、今度は当時の上司に「子どもが熱出したくらいで休むのはとんでもない!」と言われ、どーんとまた暗ぁ~くなったところに、保育園の園長先生(現在の札幌大通すずらん保育園の大泉善夫先生)から「子育ては順番なんだから、今はいろんな人に助けてもらっても、将来誰かを助けてあげればいいんですよ」と言われ、目からウロコで毎日が楽になりました。
子どもを産むということは、自分の子どもという「未知」との遭遇であり、その子どもを通じて、子どもを産むことがなければ関わることがなかったであろう人々との遭遇だと思います。私を励ましてくださった大泉園長先生のように、私も少しでも、現在育児に奮闘している先生方のお役に立てればと思い、コーディネーターをお引き受けしました。

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澤田香織

小樽市本間内科医院
澤田香織

出身地小樽市

出身校杏林大学昭和58年卒業

一般内科

社交ダンス、華道(小原流)

モットー
~いろいろな人の美しさに出会い、学ぶことこそが人生のギフト~
人との出会いが人を成長させるということに間違いはありません。本当に大事にして、感謝の気持ちで進んでいきたい。
医師会、北海道女性医師の会、大学同窓会などの仕事を通じて“人と繋ぐ”ということが、とても楽しいと気付きました。その中での発見が、自分自身のエネルギーの“源”になっております。診療でも同じでしょうか。
当院へいらっしゃる患者さまにも、“出会えてよかった”と思っていただけるような一言をさしあげたいと、毎日を積み重ねているところです。この医師相談窓口でも、多くの方にお会いできることを楽しみにしております。

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藤根美穂

岩見沢市岩見沢市立総合病院
藤根美穂

出身地滝川市

出身校旭川医科大学平成9年卒業

小児科

園芸、自転車、写真、心理学を勉強すること

生物学的に動かしがたいこと以外は自分たちの工夫次第で何とか出来ると信じています。岩見沢市を中心に空知を自分のフィールドと考え活動しています。
空知は良い所で、まちづくりに熱心な人も大勢います。是非たくさんの方に空知で一緒に働いて頂けたらと思います。

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安藤敬子

旭川市市立旭川病院 (嘱託医)
安藤敬子

出身地北海道深川市

出身校北海道大学昭和45年卒業

耳鼻咽喉科 (耳鼻咽喉科学会専門医)

庭仕事

定年退職して、今は嘱託医となりましたので時間的余裕があります。少しでも若い女性医師のお役に立てれば幸いです。
子供が小さい頃は、夫・託児所・幼稚園・お手伝いさん等に助けられ、さらに頻繁に実家に預けたりと大変でしたが、仕事を続けてきて良かったと思っています。
様々な支援事業がありますので、それを利用して仕事を続けてください。外科系医師は手術を中断すると、術者として手術をするのが恐ろしくなりますので、兎に角、続けることを考えて下さい。

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坂田葉子

旭川市医療法人社団丘のうえこどもクリニック
坂田葉子

出身地旭川市

出身校旭川医科大学昭和58年卒

小児科(日本小児科学会専門医、日本感染症学会専門医)

今はまっているものは最近始めたばかりの「ハープ」

周りの多くの先生方の助けを借りながら、子育てをしながら仕事を続けてきました。先のことをあれこれ心配しすぎないこと。その時自分にできる精いっぱいのことをやっていれば、困ったときには、必ず周りが助けてくれるものです。私のモットーは、ライオンキングでいう『ハクナマタタ』(スワヒリ語で「どうにかなるさ」の意)です。

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足立柳理

釧路市医療法人社団功仁会足立皮膚科美容外科クリニック
足立柳理

出身地釧路市

出身校聖マリアンナ医科大学昭和55年卒業

皮膚科(日本皮膚科学会専門医)、美容外科、日本医師会認定産業医

ゴルフ、書道(全日本書芸文化院師範 漢字、かな)

結婚の条件が、[結婚しても仕事が続けられること]でした。 そのために、産前産後の休み以外は仕事を続けています。主人や家族、周りの方々に支えられて仕事や子育てができたことに感謝しつつ今後も地域医療に精進していきたいと考えています。特に釧路地区は市立、労災、日赤と3公立病院があり、勤務医の先生が随時交代していきます。 若い女医さんたちがドロップアウトしないようにアドバイスできればと願っています。

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永石歓和

札幌医大札幌医科大学医学部解剖学第二講座
永石歓和

出身地札幌市

出身校札幌医科大学平成9年卒業

消化器内科(消化器病学会専門医、消化器内視鏡学会専門医)

バイオリン

卒後、消化器内科医として勤務していましたが、アメリカに研究留学中に結婚、出産しました。帰国後は、市中病院での常勤医を経て、2009年から研究を中心に行っています。
基礎医学研究は、臨床とはまた異なった精神的・体力的ハードワークですが、日々が常に新鮮で、子育てと共通するところがあります。
仕事との両立は、両親の支援や職場の理解を得られたことで可能でした。何でも自分で抱え込まず、日々仕事と育児の優先順位をつけ、とくに育児は周囲のサポート隊に任せられることはお願いしてメリハリをつけることで、フルタイムで仕事を継続してきました。
臨床、研究いずれの分野においても、医師としての活躍の仕方は多種多様です。ロールモデルを見つけ、自分で働きやすい環境を探し出し、とにかく仕事を継続することが、その後のキャリアアップにもつながると考えています。
今後、臨床、研究、育児の多方面から情報提供をして、サポートしていきたいと思います。

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西田幸代

札幌医大札幌医科大学医学部泌尿器科
西田幸代

出身地札幌市

出身校札幌医科大学平成13年卒業

泌尿器科(日本泌尿器科学会専門医)

いくつか趣味を持ってみたいです。

卒後 10 年以上手術を含めた臨床や研究に明け暮れてから、2 人の息子のお母さんになりました。それまで 24 時間患者のために働けたものが、夕方以降は子供たちに家庭生活を提供するので精いっぱい。以前の三分の一しか働けていないと悶々としながら、でもまたいつか走り出すときのために、この状況でもできることはないかと日々模索し足踏み中です。お手伝いさんやベビーシッターを雇うほどの稼ぎはないですが、世間一般の働くお母さん同様にお掃除ロボットや食洗機(そして夫)と協力しながら必死に生活しております。この場を通じて日々の生活に追われる皆さんと情報共有などできればと思います。
医学生さんたちから出産の適切な時期など聞かれることがあります。でも私たちは社会生活を営む人。人生に答えはなく、そう簡単には思い通りにもいきません。いつ出産してもメリット・デメリットはあるわけで、いつであっても親として腹をくくるしかないように思います。さらに私自身がそうであったように、様々な理由で結婚も出産もしないかもと漠然と考える女性医師は少なくないでしょう。両方しないのも人生の選択。いつかいろいろな女性の先生たちとゆっくりおしゃべりしてみたいものです。

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