体験談

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後期研修中、29歳で出産して/帯広厚生病院病理診断科 計良淑子

帯広厚生病院 病理診断科
計良 淑子

私は卒後8年目の病理医です。初期臨床研修修了から3年目、卒後5年目で出産しました。子供はもうすぐ3才になります。育休は取らずに職場に復帰し、妊娠中に入学した大学院での研究も並行して行い、後者は今年度で卒業予定です。仕事と育児の両立について考え、試し、再びキャリアアップを図るところまでたどり着きました。
こうして書くと、順調なキャリアコースを歩み、家庭も充実させたデキる女医のように思われそうです。実情はと言えば、産後は仕事のスキルが上がらないことに悩みましたし、仕事にも家庭にも支障をきたしながら何とかやってきたというところです。
病理医は日がなプレパラートと顕微鏡と向き合い、頭だけを使うといっても過言ではない職業です。必要な知識は膨大で、何十冊もの教科書を使いこなさなければ日々の業務が進みません。少なくとも数年間は、教科書の読み込み、症例経験に全力を尽くさなければなりません。そんな時期にありましたのに、私は産後、とんでもなく“頭が悪く”なっていたのです。
とにかく新しいことが覚えられない。文字が頭に入ってこない。新聞も読めない。目が受け付けない。夫が話す次の日の予定すら耳から耳へ抜けていく感覚。
仕事には深刻な影響がありました。必要な情報を得るのに、何度もプレパラートを見直さなければならない。軟部腫瘍や悪性リンパ腫のように10種類を超える免疫染色を総合判断する必要がある症例も、頭の中で結果がまとまらず組織診断が下せない。教科書を読んでも読んでもインプットされない。洋書は特に時間がかかる。なんとかインプットしたかと思っても、うまくアウトプットできない (診断を間違う)。そうして苦労して得た経験、教訓が蓄積されていかない。
上級医によるダブルチェックにより患者さまの不利益につながることはほとんどありませんでしたが、大変な迷惑をかけ、また私も混乱し、落ち込む毎日でした。何度も大学院退学を考えました。仕事を続けていく自信がなくなりました。
産後の記憶低下に関しては、まとまった報告もあり、既知の事実のようです(A review of the impact of pregnancy on memory function. J Clin Exp Neuropsychol  2007; 29: 793-803.)。インターネットで検索してみると、同じ悩みを抱えている人がいること、抜本的な解決方法はなく時間とともに改善するのを待つしかないということがわかりました。それからは、とにかく辞めない、あきらめない、継続していくことを目標にしてきました。
その後、上記の事態は産後1年を過ぎたころからから徐々に改善し、産後3年を迎える現在になってようやく完全に戻った実感があります。休職期間は産前・産後休暇の3ヶ月のみでフルタイム勤務を続けたのにも関わらず、自分では丸2年は足踏みに近い状態だったのではないかと思います。今年度からはようやく市中病院で充実した勤務をこなせるようになり、この数年を取り戻すように働いています。
これから出産を考えている女医の方には、医師として伸びる時期を過ぎてから出産する利点を強調したいです。もちろん20代のうちに子供を持つメリットは十分理解し、だからこそ私はそう実行したのですが、頑張りや工夫、はたまたお金を出して解決できる次元ではない自分自身の能力の問題に悩まされましたので、どうにもそのような感想になってしまいます(念のため断っておきますが、同じく卒後数年で出産され、立派に職務を全うされておられる方ももちろんおられます)。
工夫はいろいろしました。ルンバや食器洗い機、乾燥機などの導入、amazon定期購入や家事代行サービスの利用により、できるだけ家事は自動化・定例化する。買い物は基本週末1回、週末のうちに料理・下ごしらえを完了して冷蔵・冷凍保存。カレンダー(スケジュール管理)やメーラーは、スマートフォン(スマホ)とパソコンで同期できるものを使い、また書類や教科書はpdfファイルにしてクラウド化しておく。カレンダーはどんな些細なことでも保存しておけば、記憶が怪しくてもスマホが思い出させてくれますし、子供の看病等でパソコンを開くことがままならなくとも、スマホだけでかなりのことができます。また勉強したことはエクセルでまとめ、検索機能で必要な情報をすぐに取り出せるようにしています。
また、勤務先を変えた結果、病院併設の病児保育を利用できるようになり、さらに私の実家が応援を頼める距離にもなったことで、最も悩まされる子供の体調不良時の体制が以前よりも整い、精神的にとても楽になりました。環境次第で解消する悩みもあるのだと驚いています。自分の都合だけではどうしようもありませんが、より良い環境のために転職、転居するという選択肢もあると思います。
女性医師等支援相談窓口には、札幌在住時の育児サポートを担って頂きました。実際に窓口を利用する機会はありませんでしたが、紹介して頂いたNPO法人北海道子育て支援ワーカーズには、札幌市「こども緊急サポートネットワーク」事業を介しての自宅病児保育、また地方会での集団保育で多々お世話になり、本当に助かりました。
末筆となりますが、女性医師等支援相談窓口のさらなる発展、窓口を利用する医師・家族の方々のご多幸を心より祈念しております。
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