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特定健診・特定保健指導の問題点


-特定健診・特定保健指導の問題点-

理事  佐野 道朗


 この四月から特定健診・特定保健指導が制度化された。いわゆる生活習慣病、最近はメタボリック症候群と言い換えられ、今回の特定健診も一般にメタボ健診と呼ばれている。肥満を伴う高血圧、高脂血、糖代謝異 常などを早期に発見し生活習慣を改善することで将来の脳卒中、心臓病、糖尿病などの発症を予防し、膨らみ続ける医療費の抑制につなげたいという主旨であり、その点について私も異を唱えるつもりはない。
 しかしながら、今回の制度化についてはあまりにも問題点が多く、特に以下の三項目には今後批判が集中すると思われる。

 第一に、健診対象者の年齢とその数である。国は40才から74才までのすべての人を対象としているが、メタボ対策というならば40才では遅すぎる。20代、30代でも明らかな肥満があれば注意を喚起すべき であるし、60才を過ぎてからでは保健指導に期待するのは難しい。まして、65才を超えると介護保険の予防給付対象者をピックアップするための生活機能評価を同時に行わなくてはならない。健診の目的とするポ イントがずれているとしか思えない。
 また、40才から74才まですべての人を対象にしていることにも無理がある。日常、食事や運動に配慮し健康的な生活を送っている人から、あるいは既に医療を受けている人まで総て含めて健診の対象にする必要 はない。無理矢理呼び出して健診を受けろというのは、まるで徴兵制度の身体検査と同じではないか。

 そして、その受診率が第二の問題である。国は受診率が65%以下であったり、特定保健指導による改善の成果が充分でない保険者に対し、ペナルティーを用意しているのだ。今年四月から、同時にスタートした後 期高齢者医療制度では、高齢者一人一人から保険料を徴収するだけでなく市町村で運営する国民健康保険や民間企業が加入する健康保険組合から支援金と称して一定の資金を拠出することが義務付けられている。特定 健診の受診率が低いなどで成績が悪いと判定されると、その支援金に10%の課徴金が上乗せされるのだ。
 住民健診に先進的に取り組んでいる尼崎市でさえ、現在の受診率は20%程度であり、数年以内に65%までというのはハードルが高いと担当者が講演していた。余市町ではどうか?国民健康保険加入者は40才〜 74才の方が約4,000人、そのなかで平成19年度の住民個別健診を受診した人は200人、全体の5%にすぎない。これを65%まであげるのは至難の業であろう。
 余市町の国民健康保険の平成20年度予算総額は約28億4,700万円、後期高齢者医療制度への支援金は約2億4,400万円である。ペナルティーが課せられると、これに2,400万円余りの上乗せが求められる。とな ると、累積赤字8,300万円を抱える余市町国民健康保険特別会計はたちまち破綻してしまう。
 おそらく全国の市町村国保がペナルティーを課せられ、多大な負担に苦しむことになる。地方交付税の減額や、さらに追い討ちをかける道路特定財源の欠損で財政難にあえぐ自治体の多くは悲鳴をあげることになる だろう。耐えられるのは法人税収入が多く、潰れる銀行まで作ってしまうような東京都とか原子力発電所関連施設があって、多くの交付金をあてにできる限られた自治体ぐらいだと思われる。
 一方、サラリーマンが加入する健康保険組合の場合はというと、事業所ごとに、従業員の健診が義務付けられ毎年実施している。その定期健診をもって特定健診を受けたとみなされるので、受診率は高率である。扶 養家族のせいぜい20%も特定健診を受ければペナルティーを免れることになる。逆に10%のご褒美をもらえる可能性もある。しかし、国保の場合はそうはいかない。結局、国保につけが回ってくることになるので 新たな格差、不平等が生じることになる。

 第三の問題は、われわれ健診実施機関に重くのしかかる。事務処理があまりに繁雑なことである。健診実施機関はその健診データを添えて費用の請求をしなければならない。一般の健康保険は社会保険診療報酬支払 基金であり、国民健康保険では国民健康保険団体連合会へとなる。そして、各保険者へも同じデータの送付が求められ、さらに受診者本人へも結果の通知が義務付けられる。さらに保健指導を行うとなれば夜間休日を 問わずEメール、ファクシミリ、電話等で相談に応じられる体制を整備することが求められる。度重なる医療制度改革の名の下に経営を圧迫され続けてきた医療側には更なる人的・経済的負担には耐えられない。

 このように今回の特定健診・特定保健指導制度は多くの問題を抱えていて、私個人としては直ちに凍結もしくは廃止すべきものと考える。しかし、余市医師会としては実施を拒むことはできない。余市町国保への影 響を最小限にとどめるためであり、これまで住民個別健診を実施してきたすべての医療機関が受け入れを決めたことに担当理事として感謝しているところだ。しかし、今後の状況によっては健診・指導を辞退するとこ ろがでてきても不思議ではないと考えている。4月10日現在いまだに事務処理の詳細が不明で、いつから実際に始められるかの目途が立っていない状況にあるが、始まってからの大混乱が心配される。

 厚生労働省の最近の一連の施策は、ただ徒に現場を混乱させる。研修医制度の変更が地域医療を麻痺させている現実。7対1とした看護師配置基準の見直しは、東大・京大という有数の病院でさえも新卒の看護師を 求めて事務長、看護部長等が全国を駆け巡るドタバタを演じた。療養病床を創ったと思ったら10年も経ずに廃止、勝手に老健でも、一般病床へでも転換しろという。入院日数の短かさを競わせ、急性期が過ぎたら、 退院するか転院しなければならないように仕向ける。都会で受け皿があればまだいいとして、地方病院やそこの患者にはどうしろというのか。やむを得ず入院日数が長引けば容赦なく診療報酬を大幅にカットされる。 現実に地域医療は音を立てて崩壊し始めている。地域医療の崩壊は、その地域に住む人口が確実に減少することになり、そしてその結果、都会で暮らす人々への食料供給もままならなくなるのだ。このまま中国をはじ め外国からの輸入に依存していていいのか?
自分たちの都合の良いように思いつきの施策を展開する官僚と、まともな審議をせずに権力闘争にあけくれ、このような欠陥制度を世に送り出す政治家たちには心の底から失望する。