- 北海道医報掲載
令和7年度医師の勤務環境の整備に関する病院長、 病院開設者・管理者等への講習会
医師の勤務環境の整備に関する病院長、 病院開設者・管理者等への講習会
勤務医が安心して働ける環境へ ~カスタマーハラスメントから医療現場を守る~
令和7年(2025年)9月27日(土)15:00〜17:30
グランドメルキュール札幌大通公園2階「リージェントホール」(Web併用)
常任理事・医療関連事業部長 寺本瑞絵
令和7年9月27日(土)に北海道・北海道医療勤務環境改善支援センターとの共催により標記講習会
を開催した。会場からのLIVE配信によるWeb併用で病院長をはじめとした医療関係者99名(会場66名、
Web33名)が参加した。
講 演
「医療機関におけるカスハラの現状と対応」
北海道医療勤務環境改善支援センター医業経営・医療労務管理アドバイザー 藤田 晃
○ 医療現場におけるカスタマーハラスメントの背景と対応
医療現場でカスタマーハラスメント(以下カスハラ)が多発する背景には、医療という仕組みの特殊
性がある。医療は命や健康に直結するため、患者や家族の感情の振れ幅が大きく、小さな不満が不安に
直結しやすい。複数職種が関わる中での行き違いや説明不足も不安を増幅させ、他業界では許容される
遅れや不手際も重大な不満となる。さらに、窓口や診察室で直接対応するスタッフが不満の矛先になり
やすく、提供側にとって些細なことでも受け手には人生を左右する大問題に映るというギャップがカス
ハラを助長する。
医療従事者には高度な専門知識と技術が求められるが、それは経験の積み重ねでしか身につかない。
経験の浅いスタッフは判断や説明に時間を要し、患者から頼りないと見られやすい。患者は病気や不安
を抱えた弱い立場にあり、医療者は専門性を持つ側であるという非対称性がコミュニケーションに影響
し、不安や苛立ちが攻撃的言動に転じることがある。
○カスハラに発展させないための接遇
防止のための接遇は迎合ではなく、不要なトラブルを避け医療者自身と職場を守る技術である。
第一印象は極めて重要で、初対面の数十秒で安心感を与えられれば、その後の説明も円滑になる。
逆に無表情や忙しさを示す態度は冷淡と受け取られ、不信感を招く。患者や家族の感情を受け止める姿勢
も不可欠である。強い口調の背景には不安や恐れが隠れていることが多く、短い共感の言葉が相手を冷静
にさせる。話を遮らず最後まで聞くこと、説明は専門用語を避け平易な言葉で要点を伝えることが望ましい。
例えば「狭心症が疑われます」より「心臓の血管が細くなり胸の痛みが出ている可能性があります」と説明
すれば理解が得やすい。また、提供できる範囲を明確にし、できないことは毅然と伝える必要がある。
境界が曖昧だと期待が膨らみ不満に変わるため、拒否する際も理由を説明し代替案を提示することで理解を
得やすい。
○カスハラ発生時の対応
発生時に一人で抱え込むことは危険であり、心身の負担からバーンアウトや離職につながりかねな
い。困難を感じたら速やかに助けを求め、複数人で同席するだけでも状況は変わる。属人的対応を避け
るため、組織的ルールを整備することが重要である。
カスハラ対策は医療機関全体の課題であり、安全・一貫性・組織的支援の三本柱が揃って初めて現
場を守れる。禁止行為の明文化や引き継ぎの段階を明確化し、エスカレーション体制を整備することで
個人の忍耐から組織的対応へ切り替えられる。「暴言が続いたら次の段階へ」「業務妨害が繰り返され
たら次の段階へ」といった判断基準を共有することが有効である。
医療機関は診療報酬改定など厳しい環境にあるが、職員を守り医療の質を維持するために、組織的
なカスハラ対策の整備は不可欠である。
(1)「病院組織全体で取り組むハラスメント防止策」
KKR札幌医療センター脳神経外科診療部長 兼臨床検査科部長 加藤 正仁
KKR札幌医療センターでは、2025年4月に「カスハラ対策室」を設置した。これは改正労働施策総合推進法により、すべての事業所にカスタマーハラスメント対策が義務付けられたことを受けた対応である。対策室は医師、看護部次長、診療技術部のリハビリテーション科長、事務次長、警察OB相談役の計5名で構成される。リハビリテーション科長を選任したのは、女性理学療法士に対するセクハラ被害が多いという調査結果に基づくものであり、警察OBを加えることで暴力患者への対応も視野に入れている。活動内容は
職員への啓発、患者・家族への意識向上、そして実際の事例介入である。
広報活動としては、院内報「幌南季報」に設置を掲載し、職員に周知した。記事では「職員を守る活
動を行う」と明記し、理不尽なクレームや暴力に悩む必要はないと宣言した。さらに病院ホームページ
には「認められない行為」として罵倒・暴言、暴力、過剰要求、セクハラ、謝罪や反省文の強要、長時間
電話、診療と無関係なクレーム、盗撮・許可を得ない録音、禁煙違反や無断離棟など10項目を具体的に
示した。加えて社会保険労務士による講演会やポスター掲示など積極的な啓発活動を展開している。
対応の基本方針としては「複数名で対応する」ことを徹底し、言った言わないの問題を防ぐため録音
も推奨している。姿勢や態度に注意し、患者との距離を適切に保つことを指導している。対応時には過
度に肩入れせず、その場限りの約束を避けることが重要である。例えば「あなたの気持ちはわかります」
といった表現は誤解を招くため避け、「検討して返事をします」と冷静に対応することを心がけている。
対策室は「職員の意識を高める広報活動を中心に行う」「事例には躊躇なく介入する」「法的な争いを
避けない」という三つの方針を掲げ、毅然とした態度で取り組んでいる。これにより職員が安心して業
務に従事できる環境を整え、医療の質を守る体制を構築している。
(2)「利用者・家族からのカスハラへの対応」
一般社団法人北海道総合在宅ケア事業団札幌東訪問看護ステーション管理者 正門 まゆみ
訪問看護の現場では、利用者や家族からのハラスメントが深刻な問題となっている。日本訪問看護財
団と全国訪問看護事業協会の調査によれば、64%以上の訪問看護師がカスハラを経験しており、威圧的
な言動や精神的な攻撃が最も多く、次いで性的な言動が多い。さらに、半数以上が疾患や症状に由来す
るハラスメントを受けており、精神疾患や認知症に伴う激高やセクハラも度々発生している。訪問看護
には、1人で訪問すること、自宅という密室での対応、夜間訪問のリスク、女性スタッフの多さ、家庭
内に攻撃の道具が存在することなど特有の危険性がある。小規模事業所が多く、安全対策や教育が十分
に行き届かない現状も課題である。
北海道総合在宅ケア事業団では2025年に「カスタマーハラスメント対策規程」を策定し、ケアの質と
職員の安全確保の両立を目指している。契約時に利用者へ暴力・ハラスメントを禁止する文書を配布
し、飲食物の辞退やペット管理の依頼など具体的対策を講じている。発生時には安全確保を最優先と
し、必要に応じてケアを中断・退出する教育を行い、管理者が24時間対応できる体制を整えている。
また、カスハラ対策は多職種連携が不可欠であり、主治医や行政と協力して症状や家庭問題に対応する
ことが重要である。予防的取り組みとして、防犯ベルや位置情報共有機器の活用、複数名訪問の推奨、
自治体による費用補助制度の導入が進んでいる。さらに、具体的場面を想定したロールプレイング研修
も効果的であり、現場対応力の向上に寄与している。
訪問看護におけるカスハラ対策は、組織的支援と予防的工夫を重ねることで職員の安全とケアの質を守
るものである。
(3)「カスハラ防止対策における相談窓口の活用」
北海道経済部労働政策局 雇用労政課長兼 働き方改革推進室長 藤田 栄一郎
カスハラが増加している背景には、消費者の権利意識の高まり、企業への不信感、SNSなどのメディ
ア環境の変化、規範意識の希薄化による苦情障壁の低下、過剰サービスによる過剰期待などがある。こ
れらが負の連鎖を生み、社会全体の疲労や不寛容の拡大とともに問題を深刻化させている。カスハラは
従業員の心身に悪影響を及ぼすだけでなく、企業にも風評被害や生産性低下をもたらすため、北海道は
2025年4月に「北海道カスタマーハラスメント防止条例」を施行した。同条例は顧客、事業者、従業者
の定義を明確化したほか、道、事業者、事業者団体、顧客、道民それぞれに責務を課し、連携による防止
を目指している。
さらに北海道は指針において、カスハラを①暴力や暴言など社会通念上不相応な言動、②過剰な要求、
③言いがかりや嫌がらせの三類型に定めており、条例に罰則はないが刑法等に該当する場合もある。ま
た、事業者に対し事前準備(方針明確化、マニュアル整備、防犯機器活用)、発生時対応(事実確認、
冷静な態度)、事後対応(メンタルヘルスケア、再発防止研修、警察・弁護士相談)を求めている。加
えて「ハラスメント・労働相談コール」や特設サイトを設置し、相談や情報提供、研修を通じて実効性
ある対策を推進している。
◇
その後の意見交換では、訪問看護における認知症や精神疾患に由来するハラスメント事例、患者の怒
りがカスハラに発展する過程とその予防的接遇の重要性、SNS上の書き込みへの対応方法、病院側によ
る録音の取り扱い、患者呼称の変化など、現場で直面する具体的課題が取り上げられた。講師陣から
は、薬物療法や接遇技術による予防、ホームページを活用した広報戦略、複数人対応と録音の活用、患
者呼称の柔軟な運用など、実践的な工夫が紹介された。参加者との間で活発な意見が交わされ、盛会裡
に終了した。
